嫉妬の大聖女 推しの王子が国王になれるよう奮闘します。
秋水 終那
第1話 嫉妬の大聖女
「何が簡単な仕事だ! こんなの聞いてねーよ!」
対峙する名も知らぬ屈強な男ががなり立てる。震える手には傭兵が好む、軽さと強靭さを両立したブレイド部八十センチュリー程のロングソード。
せっかく鍛え上げた立派な筋肉は小刻みに震え、不揃いな歯は不協和音を奏でる。男共に混ざっても長身な私よりも更に高く、隆起した逞しい筋肉の自己主張が激しい目の前の男が、酷く貧弱で矮小な存在に見える。
まるで化物に成す術なく殺される、そんな未來を待ち受ける小動物のようだ。
「よるな化物!」
失礼極まりない男だ。傭兵など金で全てを請け負うような品位の欠片もない人間に、聖女である私が化物なんて呼ばれるとは――
私は一歩踏み出し、すでに物言わぬ肉袋を踏みしめる。肉袋はぽっかりと開いた穴から赤い液体を巻き散らし、濃厚な鉄の臭いと汚物の悪臭を振りまいた。
大聖女にだけ与えられる白の修道服。清廉潔白の証たる清き衣は愚者達の汚らしい血潮を幾たびも浴びて紅へと染まっている。
「第三聖女、嫉妬のレヴィ・インヴィディア・ブランケンハイムの名の元、神に成り代わり制裁をくだす――悔い改めよ。エイメン」
貴様は決してやってはいけないことをした。その行いは神を愚弄するよりも罪深く、聖典に汚物を注ぐよりもなお――罪深い。
「く、クソがぁ!」
男は強く握った剣を振りかざし、私の頭部へと振り下ろした。だがロングソードのブレイドは、奴の膂力と鉄よりも強度が高い私の頭部とぶつかり、呆気なく折れてしまう。
聖典を武装した私にそんなものが通じるはずもない。その光景を幾度も見て分かっていたことだろうに。だからこれは抵抗の意志と呼べるようなものではなく、ただの足掻き。
私はさらに一歩踏み出す。すでに壁際まで追い詰められた男は、壁の中に埋まる勢いで後退(あとずさ)ろうとする。私はそんな彼の太い首を鷲掴みにして持ち上げた。
男は私の細腕を屈強な両腕で掴み、足をバタつかせる。そんな事をしても自重でただただ首が締まっていくだけだと言うのに。
奴の口からすきま風を思わせる呼吸音が漏れだした頃、私は徐々に手に力を込めていく。
「窒息死と言うのは、さぞ苦しいものなんだと」
異端審問も兼ねている憤怒の大聖女ベルルから聞いた話だ。より苦しませるためには上手く加減をして気道だけを塞いでやると良いと聞いた。
追い詰められ、抵抗の意志もとうに折れてしまった男に待つのは確定した凄惨たる最後。今更どんな謝罪をしたところで微塵も慈悲はなく。神に祈った所で、その代行者である大聖女が許すはずもない。
永遠の苦しみに処されてもなお足りない。確実な死がもたらされるだけが寛大なる神の慈悲と受け取るがいい。
私のエーミールきゅんを誘拐した挙句、暴行まで加えた罪は――それほどに重い。
◇◇◇
オジェの半島の殆どを領地として治めるポリディア王国、その首都セレシアはバセダ山脈を背にし、前方に広大なバメイダ海を臨む美しき都市だ。
他国との貿易も積極的に行われており、セレシアには全てが揃うなどと言われている。
その首都の中央に聳え多つのはポリディア宮殿。
贅の限りを尽くしたかのような豪奢な宮殿内にはポリディア王とその子息達の生活区と政務用の区画はもちろんのこと、原罪の聖女機関に所属している聖女たちの居住区もある。
つまり、私の家である。
「あぁ、今日も可愛いな」
私が見つめるのは宮殿内に設けられている広々とした野外訓練場。
そこには剣術の練習に精を出す少年と、師範たる男の姿。
少年は重々しいチェインメイルに振り回されながらも懸命に木剣を振るっている。
彼はエーミール・フォン・ポリディア。
今年十三歳であり、ポリディア王国第七王子である。
エーミール王子はつい数日前に成人――王族は精通、つまり女性を妊娠させることができるようになれば成人とみなされ、正式な国王候補となる――したばかりな私の王子様である。
師範の男は確かどこかの騎士団の団長かなんかだったと思うが、正直忘れた。人はだれしも興味のない人間を、いつまでも覚えていられるほど賢くない。それが聖女であろうと例外ではない。
「よく飽きもせず眺めていられるわね。今日のお役目は終わったの?」
せっかくの癒し空間に水を差してきたのは憤怒の大聖女ベルル・イラ・ヴァイラント。簡単に言えば私の嫌な先輩聖女。先輩と言っても階級は同じ大聖女であり、年齢も同じ。
少しばかり早くあちらが大聖女になっただけのことで、敬う気持ちはこれっぽっちもない。
「すませてるさ」
「あらそう、それなら構わないけど」
「それよりもいいのか? もうすぐ継承戦争が始まるってのに、他の大聖女と一緒にいてさ」
エーミール王子が成人したことにより、ポリディア宮殿の中に七人の王子と、七人の大聖女が揃った。継承戦争とはその王子たちによる次期国王の座を賭けた戦いである。
「あら、今更ピリピリしたってしょうがないじゃない。私が貴方の隣にいて不都合なことなんてある?」
「あるよ。目の保養の邪魔」
ベルルに率直な意見を述べる。
「そう。じゃあお邪魔しました。あと最後に一つだけ忠告」
私は顏をエーミール王子の方へと向けたまま、目だけを一瞬だけベルルに向ける。
「そんな素っ気ない態度取ってると、自分の為にならないわよ」
それだけ言うとベルルは優雅に歩き去って行った。目を愛おしいエーミール王子に戻しつつも、彼女が去り際に残した言葉を少し咀嚼してみる。
ポリディア王国において大聖女の持つ権力は、簡単に言ってしまえば国王に次に偉い。とは言っても政治に頭を突っ込んで意見ができるわけでない。
だとしてもそれ以外の事に関してはそれなりの発言権を持っている。
この国の中でそれだけの権力を許されている理由は主に二つあり、一つは国家の最大戦力であるという事。
もう一つは王子たちの継承戦争後は大聖女の誰かがポリディア王国の王妃となるからである。
「やあレヴィ。こんな所で奇遇だね」
ベルルに続き邪魔者がまた一人。聞き覚えたくもない男の声だ。
だが見なくても分かる。強制的に覚えさせられたのだからしょうがない。奴は第三王子のゲラルト。
特に返事をする必要はない。この国においては大聖女と言う身分は王子に対してそのような態度をとっても咎められることがないからだ。
「今日も連れないね君は」
イメージしたくないのに、頭の中で前髪をかき上げて格好つけるゲラルトが浮かんでくる。確かに奴は端正な顔つきをしているし、どんな分野でも才能を発揮し次期国王の有力候補と名高い。
だからか宮殿内の女共には人気が高い。
ただ私はこいつの事が嫌いだ。
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