後編
彼らには
一番剣とあれば、穢土幕府の抱える並外れた人斬りよりも高い実力を持っていることは察せよう。
「存じております。ですが、先程の件に関しては何のことやらと言わざるを得ません。お帰りください」
元より彼女も並外れた人斬りであり、それは今も同様である。
そしてそれを抜きにしても、艦閃は下がるわけにはいなかった。
「
総司がそう叫ぶと、百千看破と呼ばれたもう一人の人斬りは敬礼した。
百千は人斬りというよりはむしろ忍者に近く、桃色の装束に通信機器らしきものを背負っている。
「生体反応をスキャン! 私の機器によれば、この邸宅に死屍累々斬殺丸がいる可能性は百億パーセントであります!」
「良し、押し入らせてもらう!」
刹那、一筋の横線が宙に刻まれた。
艦閃は刀を構えた──否、既に残心へと入ったのである。
彼女は素早く納刀し、二者を睨みつけた。
「ぐええっ!」
百千看破が上半身と下半身を分割され、絶命した。
一方の汚鬼陀無物総司と言えば、素早く抜刀しその一閃を紙一重で受け止めていた。
「ほう? 拒むと。ならば仕方あるまい。ここで──」
「閃さん!」
艦閃の背後に声が掛かった。
艦閃と総司がそちらに注目する。
そこには少年がいた。
インナーと強化袴に身を包み、無骨な機甲鞘を帯刀した、
「やはり匿っていたではないか! だがまあ良い。お前の役目はもう終わりだ、艦閃。後はこちらで始末させて頂く」
斬殺丸が身構えた。
総司が一歩前へ踏み出そうとしたところを、艦閃の刀が遮った。
「まだ邪魔をするのか? 百千看破のことは別にどうでも良いのだが、これを邪魔するとそうはいかんぞ」
「ええ、どうでも良くなくなって良いのです」
艦閃は刃を総司へと向ける。
「閃さん、ダメだ。ここは俺でカタをつける」
「私には後悔がたくさんあります」
総司が下がり、艦閃が前へと歩む。
「これ以上後悔を増やしたくない。貴方のような子に死んでほしくない。もう、人斬りに拘り死ぬ姿を見たくない。下がりなさい、斬殺丸」
「でも……!」
「分かった! ではお前を殺し、その後斬殺丸を殺す。簡単な話だ」
「ええ、簡単ですね。口先だけならば」
総司は刀を構えながら間合いを取った。
艦閃の邸宅の外は僅かな緑が生えた荒野が広がり、ぽつぽつと家屋が見える。
周囲に無駄なものがない、斬り結びには絶好の場所であった。
艦閃は納刀し、地に円を描くように片足を回し、抜刀姿勢を取った。
「私が、この”船斬り”
「望むところよ。お前の扱う紫電流などの古びた剣術、この
長いようで短い沈黙。
それを振り払うような風の音が三者の耳に響いた時、その斬り結びは始まった。
「イ──」
艦閃は先程の抜刀で鞘に備え付けられたリニア居合機構の充電の半分を使い切っていた。
故に、一度の抜刀で目の前の相手を仕留めなければならない。
少なくとも致命傷を与えなければ状況は不利になるばかりであろう。
総司は百千看破を狙った斬撃とはいえ、艦閃の渾身の抜刀を紙一重で防ぐ程の実力の持ち主である。
艦閃は地を力強く踏みしめ、駆けた。
全身義体が悲鳴を上げてもなお、駆けた。
それ程の抜刀でなければ総司は倒せぬ。
「アアイッ!」
雷鳴のような抜刀の音が遅れて響く。
鞘から出た刃が空気に触れたのは僅かゼロコンマ一秒にも満たなかった。
稲妻のごとき速度を持つ斬撃は、総司を、斬り捨て──
BLAMN、という銃声のような音が艦閃の耳に響いた。
彼女は目を見開く。
一瞬の斬撃は総司の肉体を斬ったものの、致命傷には至らず。
そして艦閃に義眼に焼き付いたのは、総司が無数の突きを繰り出す様であった。
同時にそれぞれの斬撃を繰り出し終え、残心を行う両者。
それを見守る斬殺丸は息を呑んだ。
総司が繰り出した一度の突き──否、十二の突きが艦閃の肉体に刺さった光景が目の錯覚で欲しいと、願いながら。
「ひぃ、ふぅ……流石”船斬り”。英雄と呼ばれるだけはあるな、まったく!」
まず声を発したのは
彼は残心を解き、斬られた己の肉体をまじまじと見つめ、にぃと笑みを浮かべた。
その視線が艦閃へと向けられる。
「そちらも、新鮮血組の一番剣というだけはある、よう、で……ッ!」
艦閃もまた好戦的な笑みを浮かべたが、片膝をついた。
彼女が己の義体化された体を見れば、そこには五つの銃創のような跡が刻まれていた。
総司の繰り出した突きの内五つが、彼女の体に命中したのである。
「ぐっ……はあ……」
「何だその声は! まったく、英雄ともあろうものが!」
総司は刀を構えた。
その目に愉悦を孕んで。
「死ね」
無慈悲な一突きが艦閃に迫った。
艦閃は再び抜刀しようとした。
突きはなお迫り続ける。
届かない──艦閃は確信した。
キィン。
刃と刃が交わる音が響いた。
艦閃の前には自らを突き刺す刃はなく、ただ少年の後ろ姿があった。
斬殺丸である。
彼は総司と艦閃の間に割って入り、その一突きを受け止めていた。
「ほう? 自ら死にに来たか。良いぞ、ガキ!」
総司の一撃を完璧に受け止めることは叶わなかった。
斬殺丸の右肩を総司の一突きが貫き、無理やり肉体を動かしたことも合わさって全身に激痛が迸る。
「やめ、なさい……斬殺丸……!」
「俺が何もしなずに閃さんが死ぬくらいなら、俺は何かをした上で死んでもらいたい」
斬殺丸は肩に突き刺さった刃を弾き、刀を納刀し構えた。
「ま、死なせないんだけどね」
「大した自信だ。数多の人斬りを斬ってきただけはある!」
総司は刃を躍らせるようにひらひらと揺らした後、再び突きの構えを取った。
「だが俺を
BLAMN、と銃声のような音が響く。
それは汚鬼陀無物の踏み込みの音であり、彼の必殺技”散弾突き”のもたらす破壊的攻撃を告げる死の鐘であった。
彼の名に近い侍”沖田総司”は一度の踏み込みで三度の突きを繰り出す”三段突き”を得意としていたと言われるが、汚鬼陀無物は一度の踏み込みでショットガン並みに突きを繰り出す”散弾突き”を得意とする。
三度突き刺されるよりは至近距離で散弾銃を撃たれた方が威力が高いのは明白であり、この男の恐ろしさが分かると言えよう。
「至近距離ショットガン射撃を浴びて死ぬが良い!」
散弾のように散らばった無数の突きが、一度にして斬殺丸に迫る。
ほとんどの熟練した人斬りは銃器への対処法を熟知しているが、至近距離より浴びせられるショットガンの射撃に対する対抗策を考える人斬りはそう存在しない。
何故なら、そこまで近づいてきているのであれば斬れば済むからである。
散弾突きの恐ろしい面は刀剣を扱いながら疑似的に銃器を扱える点であり、汚鬼陀無物はそれによって数々の人斬りを殺してきたのだ。
「はっ!」
斬殺丸は最初からその必殺技へと突っ込んでいくような真似はしなかった。
先の斬り結びを見ていた彼は、総司の繰り出す突きがいかに恐ろしいかを少しは理解できている。
艦閃の抜刀術並の速度、あるいはそれ以上の速度で繰り出される無数の突きを、斬殺丸は横に身を翻し回避する。
「逃げるか!」
「いいや!」
斬殺丸は機甲足袋に備え付けられた加速装置を起動し、ハイキックを繰り出す。
総司はそれをダッキングで躱し、更に斬り込みに来る。
だが斬殺丸はハイキックの勢いでそのまま空中へと身を放り、更なる回し蹴りを叩き込んだ。
「剣を抜け! ガキが!」
総司はそれを腕で防ぐ。
防御の衝撃で斬殺丸は間合いを取り、着地した。
その着地点を狙うかのように、きらりと総司の刃が輝いた。
二度目の散弾突き。
全身に痛みが迸る中、斬殺丸は痛みではなくその突きへと意識を集中させる。
彼は構えた。
居合抜刀術──それも、艦閃より授けられたリニア居合機構を用いた高速抜刀の剣”紫電流”の構えを。
「イアイッ!」
ガガキィン。
無数の鉄と鉄が衝突しあったような奇怪な音が響いた。
なんたることか、斬殺丸の肉体に、そして装備に銃創の痕は存在しない。
彼は至近距離より浴びせられた散弾のような突きを全て刃で弾いたのである。
「ちぃ、至近距離ショットガン射撃を防いだか!」
「そもそもショットガンですらないんだけど、ね!」
今度は斬殺丸の手番であった。
刀を翻し、汚鬼陀無物を袈裟斬りにせんとする。
BLAMN、と再び銃声のような踏み込みの音。
”散弾突き”の反動を利用し、汚鬼陀無物は後方へと下がる。
だが斬殺丸の振るう刃はどこまでも追うように汚鬼陀無物の肉体を僅かに切り裂いた。
「ぐあっ!」
斬殺丸は納刀し、更に必殺の一撃を加えんと一歩踏み込んだ。
次は防御ではなく攻撃に紫電流抜刀を使い、斬る。
だが汚鬼陀無物もまたショットガンのリロードを終えたように、既に準備していた。
至近距離ショットガン射撃が来る。
だが斬殺丸は止まるつもりはなかった。
これで止まるようでは──
(あいつに、勝てない!)
「散弾突き──
BRATATATATATATATATATAT!
アサルトライフルのような連続した銃声が鳴り響く。
”散弾突き”とはショットガンを模した技であるが、そのショットガンというのは殺人剣歴37564時代に造られたものも例外ではない。
かつてニューオーダー信長はありとあらゆる銃火器にフルオート機構を無理やり採用させ、ホバーバイクやサイボーグ騎馬に跨った旧幕府軍を”三億段撃ち”と呼ばれる戦法で葬った。
言わば汚鬼陀無物はその戦法を一対一向けに落とし込んだ、生粋の戦闘センスの持ち主なのである。
だがそれは斬殺丸とて例外ではない。
死屍累々家に生まれた斬殺丸は生まれながらの人斬りであり、求道者であり、ここで負けるわけにはいかぬと、更なる高みを目指すと執念を燃やした修羅であった。
幾度の鉄と鉄が衝突し合う音が響き、修羅はなお加速した。
「イィィィィィ!」
おお、見よ。
斬殺丸は高速で抜刀と納刀を繰り返し、突きの連続を弾いていた。
今や斬殺丸の刃が空気に触れる時間は艦閃と同じくゼロコンマ一秒にも満たぬ。
艦閃により授けられたリニア居合機構の応用術をもって、彼は加速装置に乗せられたように速度を増していく。
BRATATATATATATATATAT!
散弾突きは止まらぬ、斬殺丸の居合も止まらぬ。
突きを防ぎ零し数発突かれるも、なお斬殺丸は止まらぬ。
総司の散弾突きが十六回目を迎えた時、総司は引き絞るように刀を後ろへと引いた。
散弾流奥義、スラグ弾突きの予備動作。
無数の突きに使っていた力を一点に集中し強引に突き破る破壊的刺突が、斬殺丸へと迫らんとしていた。
だが、その予備動作で生じる僅かな隙を見逃す斬殺丸ではなかった。
総司の力の流れが変わったことを読み取り、斬殺丸は身を僅かに傾けた。
「食らえ!」
「アイッ!」
スラグ弾突きが斬殺丸の肉体を僅かに掠め、空を突く。
一方の斬殺丸は体を傾けたまま、強引に稲妻のごとき抜刀を繰り出した。
突きの不発を感じ取った汚鬼陀無物は慌てて斬殺丸の繰り出す斬撃を回避した──が、それは置かれた罠のような牽制の斬撃であり、本命の斬撃はもう取り返しのつかぬ場所まで迫っていた。
斬殺丸はその姿勢で二度の斬撃を繰り出したのである。
汚鬼陀無物の肉体を、刃が通り過ぎていく。
刃が遂に走り切り、斬殺丸は残心した。
「なん……ば、かな」
汚鬼陀無物は斬られた箇所を見た。
致命傷。
とどめの一撃すら不要な見事な斬撃である。
「だが、俺を斬ったところで何も変わりはしない……活人剣の師範代は今頃、地獄でお前を恨んでいるであろうよ……!」
「じゃあ、師範代によろしく伝えてくれよ……地獄でね」
斬殺丸は残心を終えると納刀し、ふぅ、と息を一つ吐き、崩れ落ちた。
艦閃の声が遠く聞こえた。
◆
「やめろ!!」
絶叫が虚しく響いた部屋の光景を、
だが布団の横で正座する女の顔は知っていた。
首元から下を旧式の全身義体に置換した、着流しを着た両目の涙ぼくろが特徴的な女。
彼女は斬殺丸が起き上がったのを見て、悲し気に微笑んだ。
「また、夢を見ておられたのですね」
「……ああ」
斬殺丸は曖昧に返事をした。
「ここはどこかな」
「地獄ですよ」
斬殺丸は肩をすくめた。
まだ痛みが残っている。
「地獄かあ。案外現実と変わらないな」
「現実が地獄なのですから、仕方のないことです」
「そうだね、地獄だ。だから僕……俺は、それを変えるためにもう行くよ」
艦閃は頷いた。
「貴方は、本当に数多の人を斬られたのですね」
「分かっちゃった?」
斬殺丸が冗談じみて口角を上げたのを、艦閃は悲し気に見た。
「貴方は一体、何のために人を斬るのですか? それ程傷ついてなお、何故……」
「哀れな人斬りだからさ」
「ニューオーダー信長に母を殺された、哀れなね」
その後、身支度を終え艦閃に礼を述べた斬殺丸は、彼女のもとを去っていった。
艦閃はその後ろ姿をずっと見つめていた。
姿が見えなくなってなお、彼女はずっと荒野の奥を見続けた。
「
艦閃は斬殺丸の今後の無事を祈り、そう呟いた。
その義眼の瞳は僅かに光を灯していた。
斬捨嗚呼面 たみねた @T_G
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