流れ着いた先で

前編

「やめろ!!」


絶叫が虚しく響いた部屋の光景を、死屍累々斬殺丸ししるいるい ざんさつまるは知らなかった。


活人剣の真髄を知るために銀河中を旅する斬殺丸は、元より定住の寝床を持たぬ。

しかし、入った宿の光景くらいは覚えている筈である。

斬殺丸がこの光景を思い出すために辺りを見渡すと、部屋の隅で正座し本を読む女の姿があった。

着流しを着るその女の首元は骨組のような義体に置き換わっており、本を読むその手も骨組のような義手である。

そして、帯刀していた。


「お目覚めになられましたか」

「だれ──っつう!?」


斬殺丸は見構えようとし、それだけで走る激痛に耐えかね布団に倒れた。

女はコトンと本を机に置いたようで、斬殺丸の方へと歩み寄ってくる。

女から敵意や殺意の類は感じられなかったが、その義眼に置換された目は酷く乾ききっていた。


「あまり急に体を動かしてはなりません。お体を見させて頂きましたが、貴方には傷が多すぎます。それが以前のものなのか、最近のものなのかは分かりませんが……」

「……ここは、どこなんだ?」

「惑星”キラーキル”。穢土幕府の座する地球より離れた、無法地帯の惑星の一つです」


斬殺丸は朧げながらここに来る前の記憶を蘇らせつつあった。

己は、活人剣の師範代の一人とされる男の捜索をしていたのだ。

だがこの惑星キラーキルに駐屯する穢土幕府えどばくふお抱えの人斬りたちによってそれを妨害され、師範代すら見つからぬまま彼らと交戦。

その後は──分からぬ。

だが今の己の有様を見るに、敗走したか敵を倒した後気絶した、といったところだろう。


「ここは辻斬町つじぎりちょうだったりする? なら、結構ヤバイかもな」

「いいえ、それほど大層な場所ではありません。ただの集落、といったところでしょうか」

「なら良かった……いたた」


女はその美しくも切り傷のある顔を心配そうに歪めた。

両目の泣きぼくろが母上に似ている、と斬殺丸は思い激しく首を横に振る。


「いてっ!」

「ほら、急に動いてはなりません」


女は斬殺丸を撫で、医療箱らしきものから注射器を取り出し、そっと斬殺丸に注射した。

斬殺丸の肉体から痛みが徐々に引いていくが、完全に無くなるまでには至らない。


「……俺、死屍累々斬殺丸ししるいるい ざんさつまるって言うんだ。あなたは?」

徳急真艦閃とっきゅうしん かんせんと言います。気軽に閃とお呼びください」

「じゃあ、閃さん。俺の装備ってどこかに置いてたりするかな。用事があってさ……」

「いけません。その傷では、まだ旅立つのには早すぎます」

「まだ行かないよ。お礼がまだだしね」


艦閃は少し恥ずかし気に目を逸らした。


「朝のルーティーンをしなきゃならないんだ。そうだな……手伝ってほしい」


斬殺丸は軽く頭を下げる。


「お願いします」

「かしこまり、ました」


斬殺丸は艦閃に支えられながら立ち上がり、そのまま二人で部屋を出た。

部屋の外には木人などが置かれた庭園が広がっており、廊下はそれを囲むように造られていた。

人影は見えない。

一人で生活するには少々大きすぎるような家屋だが、全身の義体や帯刀しているところを見るに何らかの事情を抱えているのだろう、と斬殺丸は思った。


二人は廊下から庭園へと足を運んだ。


「少々お待ちください。決して、激しく動かないよう」

「それは聞けないかな」


やがて艦閃は一振りの機甲鞘に納められた刀を持ってきた。

斬殺丸の帯刀しているロングシップ刀剣社製の高周波ブレード刀”死禅長船しぜんおさふねMk-Ⅲ”と、それを納めるリニア居合機構搭載の無骨な鞘である。

斬殺丸はそれを受け取り、ゆっくりと抜刀した。

高周波ブレードの刃は刃こぼれすることなくその鋭さを保ち続けている。


斬殺丸は頷き、艦閃に下がるよう手振りで知らせる。

艦閃は心配そうに斬殺丸を見ていたが、しばらくして、後ろへ下がった。

斬殺丸は目を瞑り、刀を振るう。


「ふっ、はっ、ふっ、はっ」


斬殺丸の全身に痛みが迸った。

だが、痛みで止まる程度ではこの先も人を斬り続けることなど到底叶わぬ。

眉をピクピクと動かしながらも、斬殺丸は百振りを終えた。

手応えはあまり良くない。

百回宙を斬るというだけの動作でも己の動きに綻びが生じているのがよく理解できた。

体が痛いというだけならまだしも、技量にも支障が出ている。

由々しき事態であった。


「──っつうッ!?」


そして刀を振るうという心構えが解ければ、無理やり体を動かしたことへの罰か更なる激痛が斬殺丸を襲う。

片膝をついた斬殺丸のもとに、艦船が駆け寄ってきた。


「大丈夫、大丈夫、ちょっと痛かっただけ」


斬殺丸は笑みを浮かべたが、艦閃の顔は曇っていた。


「これ以上はいけません。貴方の身を助けた私が、許しませんよ」

「許さなくても良いよ」


斬殺丸は立ち上がり、再び刀を構える。


「俺は元より人斬り。沢山の人を斬ることしか能がない、ただのガキだよ。止めるなら斬る。勿論、斬ってくれても構わないけど」

「では斬りましょう」


艦閃は斬殺丸から一歩退き、間合いを取った。

艦閃の身に纏う着流しから覗く胸元は首元と同様義体化されている。

あまりサイボーグ化の知識に詳しくない斬殺丸から見ても、それは旧式のものだと分かった。


「あまり舐めてもらっては困りますよ。私を甘く見ず、しっかりと休みなさい

、坊や」

「ふーん……」


艦閃が構え、斬殺丸も構える。

斬殺丸は彼女の内に秘めたる殺気が一気に燃え盛るのを感じた。


「イアイッ!」


艦閃の叫びと共にレールガンのような咆哮が機甲鞘から鳴り響いた。

刹那、宙に一筋の軌跡が刻まれた。

斬殺丸は刀を構え──手応えなし。

既に艦閃は刀を納刀し終えていた。


「なっ」


伝説によれば、凄まじい技量を持つ居合抜刀術の使い手に斬られた者は、斬られた後もその事実に気付かず三日三晩過ごし、その後突如肉体が崩れ落ち死に絶えたという。

艦閃の斬撃はそれを彷彿とさせる程の技量であった。


(これは、斬られたのか?)


斬殺丸の肉体に痛みは走らなかった。

何かが通り抜けたような感覚さえしなかった。

それもその筈、その斬撃はそもそも彼女の隣に立つ竹に向けられたものだったのだ。

斬殺丸はそれに一瞬遅れて気付く。

竹には一筋の線が刻まれていた。


既に斬殺丸が気付くまでに時間があったにも関わらず、竹は一向に崩れる気配を見せず、己に上半身と下半身の境目ができたことに満足したかのようにただ佇んでいた。

斬殺丸は目を見開く。

少なくとも今のコンディションでは──否、万全な状態であってもこんな芸当はできまい。

それなのにも関わらず、艦閃は旧式の全身義体を操りこれをやってのけた。


「嘘だろ」

「嘘はついていませんよ。斬りました。文字通り」

「いや、そうじゃなくって……竹を斜めに斬ったのに、崩れてない」

「綺麗な斬撃であれば相手は斬られたことにすら気付かぬものです。たとえ無機物であっても、それは同様なのですよ」


艦閃は少し得意げに話した。

だが全身義体が嫌な音を立て、崩れ落ちるように片膝をつく。


「ちょっ、大丈夫!?」

「すみません、少々無理をしてしまいました。我ながらお恥ずかしい限り」


艦閃は目を逸らした。

斬殺丸はその場に座りこみ、艦閃もまた姿勢をリラックスさせた。


「分かった。今日は、今日だけは激しく動かない」


お手上げと言わんばかりに斬殺丸が両手を上げる。


「でも一つ教えてほしい。その体で、どうやってあんなことを……? 下手したら、俺の体より酷いんじゃないか」

「何度も言いますが、今の貴方の体の方がよっぽど酷いです。あまり無茶をなさらぬよう」


そう言って、艦閃は骨組のような義手を握りしめた。


「使えるものを全て使っているのです。自らの義体だけでなく、あらゆる装備、状況を」

「使えるもの……たとえば?」

「リニア居合機構を備えたこの鞘です」


艦閃は旧式のリニア居合機構を備えた無骨な鞘を軽く叩いた。

リニア居合機構とは、ムラサマ重工が開発した抜刀補助システムである。

抜刀の際に鞘側で刀身をレールガンの原理を応用して打ち出し、抜刀の速度を高める強力な装備として人斬り界に売り込まれた。

しかし居合原理主義者からは反対の声も多く、極められた人斬りにとって逆に枷となり得る。

それは斬殺丸も同様であった。

コンディションが整っている斬殺丸であれば、の話であるが。


「旧式ですが、十分使える。充電も非常に限られていますが、斬撃を一回二回に絞れば実用範囲内です」

「俺の鞘にもあるよ、それ。でも暴れ馬みたいなやつで使いにくいんだよね」

「使い方を工夫すれば、良き友となってくれますよ」


艦閃は立ち上がった。


「激しく動かず敵を斬る方法も、会得できるかもしれませんね」

「じゃあ……!」

「明日からお教えしましょう。それまでは休みなさい」


艦閃は座りこむ斬殺丸を抱え上げた。


「ちょ、やめろって!」

「こんなことを言うのも何ですが、話し相手に飢えていたのです。助けたという大義名分を存分に使わさせて頂きますよ」



休息とリハビリ、そして更なる技巧の会得のための鍛錬が続いた。

本来の技量を十分に発揮できぬ状態にあった死屍累々斬殺丸ししるいるい ざんさつまるにとって、新たな技の習得は絶好の機会であり、チャンスであった。

そして充実した日々を過ごしたのは徳急真艦閃とっきゅうしん かんせんも例外ではなかった。


鍛錬を終えたある日の夜、艦閃は自身の部屋に並ぶ数々の写真、勲章、ネオン書道を見つめていた。

ネオン書道には「惑星ダンノーラの英雄に捧げる」といった文面が書かれており、彼女の並々ならぬ功績と実力を示している。

惑星ダンノーラの闘争に参加した艦閃は、英雄と呼ばれる程の働きをした。

抜刀術によって小型軌道戦艦三隻を斬り捨て、銃や刀を持った抵抗軍の輩を一掃したあの戦い。

その頃の艦閃は血に飢え、同時に金を欲していた。

全ては人斬りとしての己のため、そしてその人斬りを愛してくれた家族のためであった。

だがそれは自分にそう言い聞かせただけの嘘だったのかもしれぬ。

艦閃は勲章を押しのけ、一つの写真を手に取った。

そこには、艦閃と快活に笑みを浮かべる男、そして一人の少年が映っていた。


艦閃はその写真を旧式の義手で愛おしそうに撫でる。

だが、写真の奥にいる二人の男を触れることはもう叶わぬ。

頬に涙は伝わない。

旧式の義眼はそのような機構を持ち合わせていなかった。

家族より戦を手に取った者に、涙を流すことは許されぬのだ。

艦閃はそっと、そっとその写真を元の場所に置いた。


「母上……!」


ふと、隣の部屋から少年の声が聞こえた。

艦船は己が呼ばれたかのように錯覚した。

旧式の義体を動かし、駆ける。


「はは、うえ……!」


部屋の戸を開けると、そこには布団の上で悶える少年の姿があった。

小姓と説明をすれば誰もが納得をするであろう幼さを残した美貌を持つ少年。

だが艦閃は知っている。

その肉体には幾度の傷が刻まれていることを。

あってはならぬ傷までもが、その少年──斬殺丸には刻まれていた。


「やめ、ろ!」


斬殺丸は悪夢に苛まれているようであった。

体をかきむしるように自らの体を抱き、荒く息を吐いている。

艦閃はそっと傍に近づき、斬殺丸の額を撫でた。


「ああ……!」


艦船はそっと撫で続けた。

自らの子を安心させるように、あの頃できなかったことをするように、ただずっと斬殺丸の傍に居続けた。



死屍累々斬殺丸ししるいるい ざんさつまるを匿っているとお見受けする。今すぐあのガキをこちらに引き渡してもらおうか!」


翌日、徳急真艦閃とっきゅうしん かんせんの自宅に二名の人斬りが現れた。

入口でそれを出迎えるのは艦閃ただ一人。

傍にも、後ろにも斬殺丸の姿はない。


「何のことやら」

「ガキを庇いごっこ遊びでもしているのか、女……いや、ダンノーラの”船斬り”徳急真艦閃ともあろう方が」


血のファイアパターンが描かれただんだら羽織を身に纏う人斬りが、言葉とは裏腹に見下すように言った。


「あろう方? 私は大層な身分ではありませんよ。ただの哀れな人斬り女、ただそれだけです」

「フン、ではこちらの身分で押し通すとしよう」


だんだら羽織の人斬りは腕を大袈裟に腕を広げる。


「俺は新鮮血組しんせんけつぐみの一番剣、汚鬼陀無物総司おきたないもの そうじであるぞ! 新鮮血組の隊士の声を聞けぬというのは、遠回しに幕府の言うことを聞かぬのと同義であることを心得よ、艦閃!」

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