第2話 地球では得られないモノを手に入れて
焚かれるフラッシュ。
月面探査計画プロジェクトの会見で、
研究者だった私は、七年前、初めて公衆に晒された。
戸惑いと高揚感が相混ぜになりながら、来る月面探査へ向けての訓練を受ける日々だった。
四人のクルーの中で、2名が月面に降りる事を許される。
当初の予定はメンバーのリーダーが、最初の一歩の足跡を踏む予定だった。
しかし、日本人初の月面への痕跡を踏む役目は、女性である私にお役目が回って来た。史上初の女性首相と女性の文部科学大臣が就任したことが起因したかもしれない。私は、密かに後世に名を連ねる栄誉を独り占めできることに、独り静かにほくそ笑んだ。
こんな気持ち、主人を手に入れる事が出来た瞬間以来だ。
私は実は、情欲が深い。
子供の頃から、そうだ。末っ子の私は、駄々をこねると両親や姉たちは、素直に私の我儘に折れてくれた。
いよいよ、旅立ちの時が来た。
夫は、ただ黙って優しく私に微笑んでくれた。
息子は、少し私に嫉妬していたが、娘は、外国の人に会いに行ける、みたいな感覚で羨ましがった。
宇宙人に会えたらよろしくね、と。
夫はポツリと言った。
『月にいるのは、ウサギとかぐや姫だけだよ』と。
息子は面倒臭そうな表情を見せ、娘は、キョトンとした顔を見せた。
打ち上げの際、残念なことが一つあった。
打ち上げ場所に、夫が見送りに来てくれなかった。
仕事があるからと。
周囲のご厚意で、私を見送る為のセッティングを整えてくれたにも関わらず、だ。
彼は、日常の日々の積み重ねの行動に重きを置いている。
普段のルーティーン同様に勤務先に出勤し、自分の役割を熟すことに徹した。
私の心にほんのわずかだけ綻びが生み出された。
さして気にすることの程ではなかったかもしれないが、この時、私の宇宙への愛欲の旅路は始まっていた。
期待と不安を併せ待ちながら、ロケットは離陸した。
過去に離陸時に爆発を起こし、クルーが帰らぬ人になった過去の事例が微かに頭を過った。
上空に舞い上がる中、済んだ青空が広がり、やがて宇宙の彼方へ向けて地球の枠の外へと邁進していった。
気付くと、そこは宇宙空間だった。暗闇が支配する中、後方を顧みた。
私達の青い地球が見える。
キレイだし、澄んで見える。
あれが、私が息を吸い、日々暮らしている星だ。
私自身、あんなに心が綺麗に澄んでいるのかなあ。
ちょっぴり恥ずかしくなった。
この時、まだ私には常識が残っていた。
地球上で尊まれる思慮分別というものが。
少しづつ、地球から遠ざかり、地球の輪郭が小さくなっていく。
漆黒の闇の中に何が潜んでいるか分からない。他のクルーたちは口にこそ出さないが、皆、自然と無口になった。
私は、暗黒の宇宙空間にこの身を委ね、思うがままの人生を歩みたい、との期待感が自分の内面に湧き出していると、感覚的に自ら感じ取っていた。
私は不謹慎なのかもしれないと思ったが、地球から遠ざかっていることに、成し遂げた達成感に浸らずにはいられなかった。
私は目を輝かせ、進みゆく目前に広がる光景を一心不乱に目に焼き付けた。
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