Day30 『誰そ彼の住人』(お題・貼紙)

 いよいよ明日が夏祭り。千代は朝からヘルプを頼まれて、虎丸と椿と新アトラクション『古里』に来ていた。虎丸が監督する中、古民家では座敷童子や一つ目小僧、山童やがんき小僧達が、このアトラクションに出演をどうするか、来い鯉も交えてワイワイと話し合っている。

 椿と船の倉庫から運んできた掛け軸や小道具を座敷に飾っていると

「お千代さん、椿姉さん、これを食べてみて下さい」

 いつもは住人用の食堂で働いている豆腐小僧がシロップに浮かべた白玉団子を出してきた。彼は古民家の脇に建てられた茶屋の担当に抜擢されて、張り切っている。

「お豆腐が入っているから、もっちりしっとりしていて、固くなりつらい団子です」

 にこにこと勧められて、千代は器を受け取り、添えられた匙で団子を口に入れた。もちもちつるりとした食感に、冷たいすっきりとしたシロップが口の中で合わさる。

「これは美味しいです!」

 二つ、三つと味わっていると

「お千代ちゃん?!」

 椿が千代を見て驚く。千代の器と匙を握る手に茶色の毛が生えている。バリカを出し、手鏡モードにすると顔も毛に覆われていた。

「……これは……豆腐小僧くんの豆腐が入っているのですね」

「はい!」

 豆腐小僧が嬉しそうに答える。彼の持つ豆腐は食べると全身にカビが生えるという力がある。それを応用したものだろう。

「カビを毛のように変えてみました!」

 千代は顔や腕を撫でた。ふわふわもふもふと手触りもなかなか良い。

「持続時間はどのくらいですか?」

「一時間弱です!」

「他に色や質感のバリエーションはありますか?」

「はい! 猫に犬に狸に狐にウサギ……白玉は見た目はどれも同じですが、シロップを色分けして、お客さんが好きな動物を選べるようにしようと思います!」

「それは良いですね」

 毛を生やしたまま、冷静に豆腐小僧の仕事を評価する千代に、椿が若干引いている。千代は手を頭にやり

「椿さん、ここにこんな感じで付け耳を着けたら面白くありません?」

 ぴこぴこと動かした。

「あ、いいかも! 動物になりきって変身出来る白玉。うん、きっとすごくウケる。去年、パークでハロウィンに配った、つけ耳の余りを六さんに出して貰ってくるね!」

 器を豆腐小僧に返し、ふわりと椿が姿を消す。

「千代」

 囲炉裏のある板の間から虎丸がバリカを手に座敷に入ってきた。

「三毛丸から連絡があった。パーク内で六造が見つけた『わけあり』の子供を、ここに連れてくるから遊ばせてやって欲しいらしい」

「それなら、この変身白玉団子の試食をしてもらいましょう。でも『わけあり』ってなんでしょうね?」

「さあな」

 虎丸が手を振り、千代に生えた毛を消して、いつもの厳つい男に化ける。千代は座敷童子達に白玉のことを話し、手伝いを頼んだ。

 

 みんなで茶屋につっぱり棒を渡し、そこに椿の持ってきた、つけ耳を掛ける。次いで『動物に変身出来る白玉団子あります』の貼紙を入り口に貼り、どの動物を、どの色のシロップにするか決めながら、書いた紙を壁に貼っていく。椿は更にパーク内で流すPR動画を撮る為、河太郎に頼んで撮影用ドローンを一機、借りてきた。

「あの……」

 軽い足音がして茶屋の入り口に影が差す。まだ十歳くらいの、さえない顔をした男の子が入ってくる。その足下には猫……三毛丸が扮した三毛猫がいた。

「背の高いスーツのおじさんに『ここにいるお千代さんという方を尋ねなさい』と言われて来たんですけど……」

「はい。千代は私です」

 ついさっきまで賑やかだった茶屋がしんと静まり返る。千代は首を傾げた。豆腐小僧も他の住人達も、椿に虎丸までが男の子の顔を凝視して固まっている。

「どうかしましたか?」

 そっと訊くと

「……あの子供、顔に山のような『貼紙』をつけてやがる」

 虎丸が耳元で唸った。

 住人達の目からみると男の子の顔には

『私達の子供なのだから』

『優等生なのだから』

『クラス委員長なのだから』

『クラブの部長なのだから』

 周りの大人達が彼に言っただろう言葉が『貼紙』のようにたくさん付いているらしい。

「……まあ、これは子供にも大人にもよくあることだが、あの子は度が過ぎている。多分真面目過ぎるんだろう。それに全部になりきろうとして、本来の自分の顔が『貼紙』に埋まっちまってるんだ」

 それを心配した六造が、なんとか『貼紙』を剥がす切っ掛けを作って欲しいと、彼を送ってきたのだろう。

 千代は小さく息を吐いた。自分はそういう思いをあまりしたことがないが、クラスメイトや職場の同僚には、彼のように他人の期待に自分を合わせ過ぎて苦悩する人達が何人もいた。このままではこの子は……。想像してぶるりと身を震わす。

「ここは明日公開のアトラクションなのですが、試しに遊んで貰えませんか?」

 とにかく、彼に『貼紙』のことを忘れて遊んで貰おう。千代は壁の紙を指した。

「動物に変身出来る白玉団子です。どれになりたいですか?」

 男の子がおずおずと目をやる。

「好きなのを選んで良いんですよ?」

 『イチゴ、猫白玉』、『メロン、犬白玉』『ハワイアンブルー、狸白玉』『レモン、狐白玉』……等々と住人達が先程書いて貼った貼紙を見、男の子が眉間に縦皺を寄せて迷っている。『貼紙』からして、多分、こういう選択は、これまで全部大人に決められてしまっていたのだろう。

『自分で決めるまで待ってあげて下さい』

 千代が口だけ動かして伝えると、皆が頷いてくれる。

「……犬……メロンが良いです」

 迷って迷って考えた末、男の子が自分で選び答える。

「はい。ありがとうございます」

 メロンシロップに犬の白玉団子を浮かし、彼に渡す。

「いただきます」

 男の子が食べ始める。豆腐小僧を始め、他の住人達も彼に付き合おうと白玉を口にする。

 やがて茶屋に賑やかな笑い声が響いた。


 * * * * *

 

『良い映像じゃねえか』

 パークの営業が終わった食堂。明日に向けて、それぞれ住人達が最期の準備作業をしている中、椿が撮ったドローンの映像を見た河太郎の嬉しそうな声がバリカ越しに聞こえる。

「迷子として親に引き渡したときはどうなるかと思ったが、六の字の思惑とおり上手くいったみてぇだな」

「ええ、お千代さんのおかげです」

 同じテーブルに座った六造も目を細めて映像を見ている。

 映像には白玉団子で変身した男の子が映っている。ベージュの毛並みに垂れた犬のつけ耳を着け、同じく変身した住人達と、山や野、川を駆け巡っていた。

「本当に夢中になって遊んでましたよ」

 念の為に一緒についていた三毛丸が喉を鳴らした。

「これで少しは彼の『貼紙』はなくなったでしょうか?」

「う~ん、さすがにそれは無理だったけど、ずいぶん顔が軽くなっていたみたい」

 椿がバリカに声を掛ける。

「それで河太郎、頼みがあるんだけど」

『この映像の子供の姿だけ消して、PR動画にまとめるんだろ。任せておけ』

 彼をパークに連れてきた両親は、迷子になった彼をガミガミと叱り飛ばし、この動画を贈りたいという椿の言葉を一蹴して、引っ張るように連れて帰っていった。

「河太郎さん、元の動画もちゃんと残しておいて下さい。いつか、もし、あの子がここに来たときの為に……」

 あの子がこの先疲れ果てて、自分のように楽しい思い出を頼りに『TASOKARE』を訪れたときに、これを見せてあげたい。

 人の船なら数年で従業員が入れ替わったり、経営方針が変わったりするが、この船は。

「この船と皆さんはずっと『いてくれる』のですから」

 『かれ』と思って貰う為に、彼等はこの先も『TASOKARE』を運営していく。それはこの船を訪れた人にとっても『いてくれた』という救いになるだろう。

「……そうだな」

 虎丸が煙管をくわえ、ゆっくりと煙を吐く。

「いつか辛いと思ったときは戻ってきて下さいね」

 そうしたら、また住人達が助けてくれる。

 画面の中、満面の笑みを浮かべる男の子に千代はそっと呼び掛けた。

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