Day29 四人目の妻(お題・揃える)

 泳ぐ来い鯉を連れて、昼食を終えた千代は食堂を出た。

 周囲では住人達が二日後に迫った夏祭りのイベントと新アトラクション『古里』の公開の準備でバタバタと忙しく動いている。

 先程、食事中に椿と六造、バリカを通して河太郎と話をした。

 VAバーチャルアイドルミナミとの共同制作広告動画『民間怪異伝承とホラーハウスの推移』は順調に視聴数が増えているらしい。

『特に六さんが出した人魂が人気で、アレが本当に映像なのか検証動画まで出来てるみたい』

 違った意味でも見られているらしいが、とにかく、そのおかげで来場者数が増えているのは間違いないようだ。

 『ペルセウス腕M37公海宇宙船衝突事故』の怪談については、依頼したハッカーが

『しつこく書き込む奴は、そいつの持つネットバンクのアカウントまで消去してた』

 手痛い目に合わせたのと、各SNSの運営が対策に乗り出したのもあって、ほぼ終わったという。

『あの人曰く『これ以上やったら、書き込んだ人のバリカを初期化しようかと思っていたのに残念だな~』つうことだ』

 宇宙時代、各種手続きの身分証明も兼ねるバリカを初期化されるということは、無一文全裸状態で外に放り出されるに等しい。さすがに押し黙る三人に河太郎はケケケと笑い声を上げていた。

 来い鯉は新しい『黄昏の住人』として

『『古里』に相応しい能力ですから、そちらで働いて貰いましょうか?』

 早速『TASOKARE』での居場所も出来、船には『日常』が戻ってきた。食事と話が終わった後、六造に

『お千代さんにも明日から『古里』の準備のヘルプに入って貰いますから、今日はゆっくりと休んで下さい』

 と言われ、千代は忙しい中、悪いと思いつつも、自室へ戻っていった。

「何、しましょうかね……」

 確かに『退治』と、その後の宴会の疲れが残っているので、このまま夕食まで昼寝しても良いし、久しぶりの解禁されたSNSをぼんやり眺めていても良い。

「まあ、のんびりしましょう」

 伸びをしたとき、来い鯉がつうと泳ぎ、虎丸の部屋にすっと扉を抜けて入っていった。

「来い鯉さん!」

 慌てて音を追う。扉の前に立つと

「あら? あなたが私達を呼んだの?」

 中から女性の声がして、扉が軽い音を立てて開いた。

 

「あなた方は……」

 部屋に入るとまず正面にいたのは、白髪交じりの髪の女性だ。その向こう、虎丸が住人と個別に話をする為に置いているテーブルセットにキャリアウーマンっぽいショートカットの女性とふんわりと髪をセットしたモデル体型の派手目の女性が座っている。

「あなたが千代さん?」

 派手目の女性が嬉しそうによってくる。その後ろでキャリアウーマンっぽい女性が「あなた、私達に会いたいとか思った?」来い鯉と千代を交互に見て訊いた。

「……えっと……私達って……」

 どの女性も千代とは初対面だ。首を傾げると「全く虎丸さんは……」と息をつく。

「あれだけ私達の写真を撮っていて、形見も大切に保管しているのに、新しい妻には気遣って見せてないのね」

 小さく肩を竦める。

「改めて、初めまして。私は虎丸さんの最初の妻、高天原陽子よ」

 キャリアウーマンの女性が自己紹介する。驚く千代に

「そして、私が二番目の妻の高天原夕月」

 派手目の女性が魅惑的な笑みを浮かべる。

「私が三番目の妻の柳川やなぎかわ清香だよ」

 カウンターでお茶の支度をしていた白髪交じりの髪の女性が顔を上げる。

「千代さん座って。皆さん、緑茶で良いかい?」

 

「……確かに虎丸さんに前の奥さん方の話を聞いて、会ってみたいとは思いました」

 陽子と夕月にも勧められ、千代はテーブルの椅子に座った。

「多分、それを察した来い鯉さんが……」

 来い鯉は四人の妻の周りを優雅に泳いでいる。

「やっぱり。いつもならお盆の頃に一人ずつ会いに行くのに、今回は変だと思っていたよ」

 清香がみんなの前に綺麗な緑色のお茶をいれた丸湯呑みを置き座る。

「あ~、清香さんの淹れるお茶は美味しい」

 にこにこと夕月が味わう。

「皆さん、仲が良いんですね」

「まあ、同じひとを好きになった同士だし」

 陽子が照れくさそうに茶を啜った。

「これが時期が重なるなら、浮気したと気分も悪くなるけど。全員、添い遂げて看取ってから、次の妻と結婚しているのよ。間も数年から十数年間、空いてるしね」

 陽子と夕月は伯母と姪だが、それでも婚姻期間は三年ほど空いているという。

「御二人は『TASOKARE』を支えていたと聞きましたけど」

「そう、陽子伯母さんは役員として、この船の設立から事業を始めるまで、私は事業が軌道に乗るまでかな」

 モデル体型の夕月は実際、人気のモデルで、初期の『TASOKARE』を資金面でも支えていたという。

「……すごい……。それに比べて私は……」

 船に拾って貰って三年。助けられるばかりで、この前やっと皆の力を借りて、コイコイを『退治』しただけだ。

「それは私も同じだよ。私は前の夫に先立たれた後、船に拾われて、その後、ずっとここでパークで売る小物を作っていただけだから」

 清香が千代の肩をぽんと叩き、虎丸のベッドの脇の棚を指した。そこには陽子の使っていた古いタブレットに、夕月が一番気に入っていたイヤリング、清香の作ってプレゼントした金魚が泳ぐ絵柄の団扇が置かれている。

「私達の形見さ。全部、揃えて並べられているだろう。あのひとにとって、どの妻も大切な妻なんだよ」

「名前を呼んであげている?」

 陽子が訊いてくる。

「はい」

「後は側にいて、住人達を見ているだけで、あのひとには十分なのよ。『黄昏の住人』には、それが一番必要なことなんだから」

「それだけで優しくしてくれるんだもの。本当に可愛いひとよね~」

 夕月がうふふと笑う。

「夕月はすぐノロケる」

「だって今でも好きだもの。千代さんは?」

 千代は顔に熱が上がるのを感じながらも言い切った。

「好きです。皆さんに負けないくらい、虎丸さんのことも、この船の住人さん達も大好きです」

 

 きゃっきゃうふふと虎丸と住人達のことをおしゃべりした後

「じゃあ、今度はお盆に」

「お盆の間は虎丸さんを貸してね」

 口々に別れを言って、三人の妻達があの世むこうに帰る。

「素敵な人達でしたね」

 千代はのんびりと泳ぐ来い鯉を見上げた。

「会えて良かったです」

 そして……。彼女達の形見の置かれた棚を見る。

「私もここに入るのですね」

 虎丸も住人達も自分が逝っても、他の妻達と同じく、ずっと覚えていてくれるだろう。

 思わず顔がほころぶ。千代は清香の脇の自分が入る場所をそっと撫でた。

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