Day28 祝言(お題・しゅわしゅわ)

 青い空の下、庭の百日紅の脇にリビングダイニングから二脚、椅子を出し並べる。椿と三毛丸が船の広報室と家を往復して持ってきた、礼装に両親と兄が着替え、控え室からやってきた千代が左の椅子に座る。右には虎丸。左右に両親が並び、後ろに兄が立つ。三脚にセットしたバリカを覗き、椿が画面を確認した。

「撮りますよ~」

 声を上げて手を振る三毛丸。その後ろでのんびりとひれを動かす来い鯉。

 軽やかにシャッターの音が鳴った。


 * * * * *


 母の次に控え室にやってきたのは虎丸だった。

 花嫁姿の千代に目を見張った後

「……あ……その……綺麗だと……思うぞ……」

 鼻の先と耳の内側を真っ赤にしながら告げる。

 その後、千代の前に座り、そのまま視線を泳がせながら虎丸は言った。

「本当に妖の俺とこのまま結婚していて良いのか? もし、千代が人の世に帰りたかったら、遠慮なく籍を抜いても良いんだぞ」

 

「……え?」

 絶句した千代に虎丸がぽつりぽつりと話す。

 『TASOKARE』に千代のような傷ついて疲れた人間が乗るのは、これまでも何度もあったらしい。運航されて一世紀近く。その間に何人もの人間が虎丸や他の住人に拾われて船に乗った。そして彼等は、心が癒え、前を向けるようになると船から降り『人の世界』に帰っていったのだ。

「千代はまだ若いし、良い娘だ。これから、いくらでも良い『人』と巡り会えるだろう」

 妖の虎丸とでは、子供が出来ることはない。しかも、このまま船に乗っていると、またコイコイのようなモノに襲われるかもしれない。

 そう話す虎丸に千代は訊いた。

「……今までの虎丸さんの奥さんも『人の世界』に戻ったことがあるんですか?」

「……いや、陽子達は……」

 初めての虎丸の妻、高天原陽子と二番目の妻で陽子の姪の夕月ゆつきは一度は船を降りた。しかし、それはまだ高天原宙運で立場が不安定だった『TASOKARE』を役員として支える為。二人とも晩年、役職を退いた後は船に戻り、最期は虎丸と住人達で看取った。

「……清香は船にいたが、アイツは前の旦那と死別して、俺とは再婚だったし、年齢も今の千代より、ずっと歳上だったしな……」

 ぼそぼそ話す虎丸に千代は椅子から降り、彼の前に座った。

「虎丸さん」

 改めて彼の名前を呼ぶ。

「虎丸さん、まず、こっちを向いて下さい」

 顔を手で挟み、上げさせる。

「私は虎丸さん以外の人となら子供はいりません」

 彼の金色の瞳を真っ直ぐ見て告げる。

「『人の世界』に帰ったところで虎丸さん以上のひとに出会えるとは思えません。だから、私も前の三人の奥さんと同じように虎丸さんと添い遂げます」

 彼の瞳を見たまま、にっこりと笑う。

「またコイコイみたいなことがあっても守ってくれるのでしょう?」

「当たり前だ」

 虎丸が瞳をそらさず答える。

「では、私は虎丸さんの側にいます」

 ぎゅっと彼の茶色の縞の毛並みの首に千代は抱きついた。

「……私に『人の世界』に帰れと言うのは嘘でしょう?」

 虎丸は人の目を見て嘘がつけない。だからわざと床に座り、顔を合わせず話したのだ。

「私の為にと思って、本心を隠して話してくれたのですね」

 私はそんな虎丸さんが大好きです。小さく耳元で告げる。

「……全く、うちの女房にはかなわんな……。なんでこう……良い女ばかりなんだ」

 虎丸が太い腕を回して抱きしめてくれる。

「虎丸さん」

 もう一度名前を呼ぶ。

「これからもよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそな」

 

 結婚写真を撮った後、迎えにきた死神に両親と兄を頼み、見送る。急速に崩れ出した空間を飛び出すと、そこは居住区の虎丸と千代の部屋の間の通路だった。

「おかえりなさい」

「おかえり」

 六造と珍しくコントロールルームから出た河太郎が迎えてくれる。

「なんだか久し振りな気がします」

 千代はぐるりと通路を見回した。基地港は二十四時間稼働しているが、船の居住区は生活リズムを整える為もあって、太陽系標準時SSTに合わせて照明を変えている。今は淡いオレンジ。営業が終わった深夜の色だ。

「座長とお千代さんが出かけて、四日も経ってますからね」

「四日?!」

 体感的には数時間しか経ってない。

「ああいう空間は時間の流れが遅いんだ」

 千代の横で虎丸が鼻をうごめかした。

「なんか良い匂いがするな」

「後、賑やかですね」

 三毛丸も耳をピンと立てる。

「もしかして……宴会?!」

 椿の弾む声に

「当たりです。座長夫婦の改めての祝言のお祝いと、新しい仲間の歓迎会も兼ねて、食堂で皆が宴の用意をして待ってます」

 六造がにっこりと笑った。

「やったぁ~!!」

 椿がうきうきと歩き出す。その後をゆらりゆらりと泳ぐ来い鯉を連れ、食堂に向かう。

「お千代。着替えてしまったのかよ」

「すみません。ドレスは動きにくくて……」

「椿さん、後で私達にも結婚写真を見せて下さい」

「うん! お千代ちゃん、すっごく綺麗よ」

「来い鯉は六さんのことは嫌いなようですね」

「一度消そうとしたのですから、仕方がありません」

 妖は宴会好きの酒好きだ。聞こえてくる、既に出来上がった住人達の声に皆が笑い出した。

 

 座長夫婦を上座に高砂が謡われた後はもう無礼講だ。

 あちらこちらで乾杯の声が上がり、新入りの来い鯉も勧められて、杯から酒を飲んでいる。酒が飲めない千代は三毛丸にサイダーを貰って、用意してくれた料理を口に運ぶ。

 しゅわしゅわと弾ける泡の音に、住人達の明るく弾ける声が重なる。

「この船が、今の私の『家』で『家族』なのですね」

「そうだな」

 少し酔ったのか虎丸がいつもより優しい目で住人かれらを見ている。

 彼が結んでくれた不思議なえん。千代は小さく笑んで彼の肩に、自分の肩を寄せた。

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