Day27 花嫁御寮(お題・水鉄砲)

 黒髪を結い上げ、白い薔薇の造花を差す。真っ白のベールに肩を出したAラインのドレス。胸には花を象った白いレースを着け、スカートはオーガンジーのパニエを幾重にも重ねる。

 どこからどう見ても『花嫁』姿の千代の唇に紅をさして

「よし! 完璧!」

 椿がガッツポーズを取る。

「じゃあ、写真撮影の準備をしてくるから待ってて」

 ぱたぱたと臨時の花嫁控え室になった母の部屋を出ていく。彼女の後ろ姿を見送って千代は鏡の中の自分をもう一度眺めた。


 * * * * *

 

 『コイコイ』が『来い鯉』になった後、虎丸は初仕事として、まだ空間のどこかにいる千代の兄と父の霊を探してくるように命じた。

「『コイコイ』がいなくなったことで、この空間はもうすぐ崩れて消える。そうすれば千代の兄さんも親父さんもお袋さんも、あの世あちらに戻らなければならない。その前にもう一度四人を会わせてやってくれ」

 来い鯉は、ひまわり迷路で消えた兄と、バスに乗ったまま消えてしまった父をすぐに連れてきた。二人とも空間の中で千代を心配しつつ、さまよっていたらしい。

 そして八年ぶりの家族四人が揃っての時間、最後の団らんを過ごしていたとき、ふいに母が言い出したのだ。

「千代がせっかく素敵なひとに出会って結婚したのだから、あの世むこうに逝く前に花嫁姿が見たいわ」

 それを聞いた椿が「お千代ちゃんにとっても大切な思い出になるから」と乗って、急遽、家族揃って結婚写真を撮ることになった。

 ウェディングドレスは椿が以前、広報のCMで六造に作ってもらったもの。彼女は髪を結い飾り、化粧までしてくれた。

「今更ちょっと恥ずかしいですが……」

 籍を入れた三年前は、ただ千代の本籍のあるコロニーの行政サイトに結婚届を提出登録しただけで、何も特別なことはしなかった。それを改めて、となると嬉しいより恥ずかしいが先に立つ。でも……。

「この姿、虎丸さん、喜んでくれますかね……」

 鏡を何度ものぞき込む。そのとき、コンコンと部屋のドアがノックされた。

 

「綺麗ですよ。千代さん」

 父がにこやかな顔で入ってくる。バスの中では黒い霧のような影だった父も、コイコイが来い鯉に変わると同時に、元の生真面目で、穏やかな中年男性に戻った。ちなみに千代は父親似だ。丁寧な言葉遣いも、父の話し方が面白くて、マネしているうちに自然に身についてしまった。父は嬉しそうに笑いながら、千代の前に立った。

「お父さん……あの……私、勝手に結婚してしまったんですけど叱りませんか?」

 しかも人間ではなく妖と。つい気になっていたことを問うと

「叱ったらやめますか?」

 逆に訊かれてしまう。千代はぶんぶんと首を横に振った。

「でしょう? バスの中で会ったときに千代さんの顔を見て解りました。千代さんは今、私達のような『家族』と暮らしているのですね」

 あのバスの中で、千代の顔が自分達と暮らしているときと、少しも変わってなかったことに父は安堵したという。

「それは座長さんが千代さんに与えてくれたものなんでしょう?」

「はい」

 他にも何か起こる度に千代を真っ先に庇う姿や、不安そうな彼女をからかうように励ます姿を見て、これは本当に良いひとに出会ったと確信したと話す。思わず千代の顔が赤くなった。

「何も反対することはありません。千代さん、幸せになって下さい」

 千代の両の手を握る。

「強くて優しい、素敵な女性になりましたね」

 父は愛おしそうにその手を撫でた。

 

「オレは反対だからな。妖の嫁なんて」

 次に部屋に入ってきた兄はむすっとした顔を千代に向けた。

「そんな困ります。私は……」

 思わず顔を歪めると「ああ、もう、花嫁がそんな顔をするな!」と途端におろおろとなだめてくる。

「……そんなにアイツが好きなのか?」

 問われて千代は少し考えた。

「好き……というか、もう虎丸さんがいない自分が考えられないというか……」

 気真面目に答える妹に兄はがっくりと肩を落とした。「……そこまでかよ……」がしがしと頭を掻く。

「実はオレ、千代に謝らなければいけない」

 兄は真顔になると、千代が座る椅子の隣の床に正座し、彼女を見上げた。

「本当は転勤で引っ越すのは、最初はオレだけだったんだ」

 父と同じ工場の技術者だった兄は、他星系の系列工場に異動になった。だが、そこで開発する栽培技術について、自分一人では自信が持てず、上司である父に相談して一緒に異動することになったのだ。

「オレが父さんに甘えたばかりに、母さんもついてくることになって、二人とも事故に巻き込み 千代を一人にしてしまった」

「そんなことはないです!」

 千代は思わず声を上げた。

「あれは事故です! 原因は未だに不明ですが、兄さんのせいでは絶対にありません!」

 椅子から立ち上がり詰め寄る妹に兄が驚いたように目を瞬く。

「私は兄さんを恨みません。そんな話を聞いても、絶対に! です!」

 言い切る千代を

「……相変わらずだな。ありがとう、千代」

 そっと肩を押して、兄は椅子に座らせた。

「事故の後もアイツが千代を千代のままでいさせてくれたんだろうな」

 感慨深げにつぶやく。

「だがな、千代を粗末にしたらオレは相手が妖だろうと化けて出るからな!」

 拳を固く握り宣言する。虎丸に祟る兄を想像して、千代は思わず吹き出した。

 

「これは肉じゃがのレシピで、これが家でいつも使っていた味噌のメーカー。レストランの厨房にあったから、食べたかったら分けて貰いなさい」

 説明しながら母は千代のバリカにレシピアプリをDLし、そこに自分のレシピを登録した。

「ありがとう。お母さん」

 アプリのレシピ帳を嬉しそうに眺める娘に笑む。

「それにしても、船の住人さん達は本当に良いひとばかりだったわ」

 娘が心配だがコイコイがいる家には入れなくて、外をうろうろしていた母に虎丸が声を掛けてくれたという。

『千代とコイコイ、両方を救う為にお袋さんの力を貸して欲しい』

 そして連れていかれた船の住人用の食堂の厨房で、コイコイが作っているのと同じ料理を作ってくれと頼まれた。

『コイコイを騙す為だが、八年間、一人で哀しい想いをしていた千代の為にも、美味いモンを作ってくれないか?』

 勿論、即諾で受けたものの、とにかくコイコイより早く料理を完成しなければならない。焦る母に食堂の担当だった住人は勿論、レストランやカフェの手の空いた住人、六造に河太郎も助っ人に来てくれた。

「千代」

 母は千代の両手を取った。

「私達、家族と離れて、またあんな『家族』のようなひと達に出会うなんて本当に奇跡よ」

「はい」

「だから、人だろうと妖だろうと関係ない。このえんを大切にしなさい」

「解りました」

 母はぎゅっと娘を抱き締めた。

「本当に綺麗になって……。これも座長さんのおかげね」

 身体を離して、パンと手を叩く。

「じゃあ、お母さんは撮影の準備の手伝いをしてくるわ。それと千代の結婚写真をあの世あちらにどうやって持って行けば良いか、死神さんに訊いておかないと……!」

 ぱたぱたと部屋を出ていく。

「なんというか……お母さんは亡くなってもパワフルですね……」

 

 窓の近くに寄って外を眺める。

 狭いながらも父が手入れしていた庭。子供のときはビニールプールを置いて、水鉄砲で兄と水を掛け合った。そんな思い出の風景がふわりふわりと浮かんでくる。

 後、少しで消えてしまう。懐かしい家。

 ……でも、思っていたより寂しくないです……。

 『TASOKARE』の六造がテーブルで仕事をしている住人用食堂。椿と好きなおやつを分け合って食べる広報室。調べて貰いたいことがあると頼むと、渋りながらもキチンと資料を揃えてくれる河太郎のコントロールルーム。夜警の差し入れに嬉しそうに礼を言う三毛丸の警備室に、すぐに煙管を出す虎丸を叱る船橋。

 それらがこの光景と同じ心の位置にあることを改めて感じる。

「『奇跡』ですか……」

 こぼれんばかりに咲いた百日紅の紅花が風に揺すられ、ひらりと落ちる。

「千代、入るぞ」

 ノックと共に虎丸の声がした。

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