Day26 『退治』(お題・標本)

「オ前ハ、オレガ妖トシテ喰ウ、最初ノ獲物ダ。魂ヲ啜リトッタラ、ガワハ記念ニ標本ニシテヤロウ……」

 ゆうらゆうらと頭を振りながら笑うコイコイを無視して、千代はぱくぱくと夕ご飯を食べ進めていく。肉じゃがを平らげ、味噌汁を飲み干し、サラダを食べ終え、茶碗のご飯も最後の一粒まで綺麗に箸でつまんで口に入れる。

「ごちそうさまでした」

 手を合わせると、コイコイが彼女に向かい、黒い手をにゅっと伸ばす。

 ……が。

 その手は何か見えない壁に阻まれ千代には届かなかった。

「……バカナ……何故、オレノ作ッタモノヲ食ベタノニ……ツララ娘ノ妖気ガ破レナイ……」

 千代は顔をしかめてコイコイの前の器の中の蠢くモノを見た後、にっこりと笑った。

「なぜなら、私の食べたものは、コイコイさんのモノとは違う、本物のお母さんの作ったご飯だからです」

 

「……ハ……?」

 あっけにとられたコイコイに千代が右手のアクアマリンの指輪をかざす。

 周囲に冷気が漂った瞬間、石が光り

「椿ちゃん、参上!」

 指輪から薄紅梅うすこうばいに紅梅と白梅の柄の袷を着た椿が現れた。

「お千代ちゃんが心配でついてきちゃった」

 コイコイに向かって手を振り、身体を動けないように氷漬けにして笑む。

「椿さんは雪女かと思ってましたが、氷柱娘つららむすめさんだったのですね」

「そう、人間にお風呂を勧められて断り切れず溶けてしまう、お人好しな妖です」

 次いで、二本足で立つ三毛猫の化け猫……三毛丸も現れた。

「虎丸さんがこの指輪を見て『大丈夫だ。お前が傷付くようなことにはならない』と言ったとき、これが守ってくれると解ったのですけど……」

 まさか、本人と三毛丸が入っているとは思わなかった。その二人が料理を作っている間に教えてくれたのだ。

『あの『お母さん』はコイコイよ』

『料理に細工をしています。お千代様、食べてはいけません』

「私がコイコイさんの分の夕ご飯を用意している隙に、二人が本物の『お母さん』の料理といれ替えてくれたのです」

「……ドコカラ……本物ヲ……」

 パタンとリビングダイニングの扉が開く。

「娘が心配で家の周りでウロウロしてた、このひとに船の食堂の厨房で作って貰ったんだ」

 虎丸が中年の女性を連れて入ってくる。旅行用のスーツにエプロンを着けた、小柄で可愛らしい女性が千代を見て、にっこりと笑う。

「千代、久しぶりね」

「……お母さん!!」

 千代は駆け出すと女性に抱きついた。

 

「元気そうで……本当に良かった……」

「……お母さん……」

 母に抱きつき、ぼろぼろ泣く千代に、すん……と椿が鼻を鳴らす。

「座長さんに、この三年間のことを聞いたわ。……よく頑張ったわね……」

「……はい……。ずっと虎丸さんに見守って貰いました……」

 千代は母の腕の中で頷いた。

「座長さん、本当に娘をありがとうございました」

 虎丸に母が深々と頭を下げる。そして、娘の背中をぽんと叩いた。

「再会を喜ぶのも積もる話も後にしましょう。さあ、千代、コイコイを『退治』してあげて」

「はい」

 涙を拭い、母から離れ、椿の氷で動けないコイコイに千代は向い合った。

「コイコイさんの目的がなんであれ、私はこうして、もう会えないはずの家族と出会えました」

 頭を下げる。

「ありがとうございました。……これが私からのコイコイさんへのお礼です」

 

「『女の子はお母さんの作ってくれたご飯を食べました。懐かしい味に喜んで一つも残さず平らげました。そして、お兄ちゃんとお父さんとお母さんに会わせてくれたコイコイさんにお礼を言いました。『ありがとうございました。……』』

 千代が今までコイコイの空間で体験したことをつむいだ『物語』。インターネットで生まれ、中途半端な悪意と救いの無い『物語』しか与えられなかったコイコイの為に新しい彼の『物語』を作る。それが彼女の提案した『退治』方法だった。

 つむいできた『物語』のラストをつむぐ。

「『女の子は言いました。『きっとあなたは哀しい人に、会いたい人を呼んで会わせてくれる、優しいオバケさんなんだわ。だから、これからも私のような哀しんでいる人や寂しい人を救ってあげて下さい』』」

 千代がそっと椿に目配せをする。椿が頷いてコイコイの氷を解いた。

「『女の子はコイコイさんに新しい名前をあげました。『会いたい人を呼ぶコイコイさん。あなたの名前は『来い鯉こいこい』。どう? 気に入ってくれた?』』」

 ビクン!! 千代がその名を口にした瞬間、コイコイの身体が震えた。ゆれる黒い霧の影のような身体が解け、ぱっと散った後、また集まる。そして『名前』を核に新しい身体に成る。

 晴れ上がった空のような青い鱗。ひらりひらりと優雅に動くひれ。愛嬌のある黒い瞳がくるりと回り、ヒゲの生えた口がパクパクと開く。

 一抱えもある大きな鯉。虎丸がその名前を呼ぶ。

「来い鯉。これで、お前も新しい『黄昏の住人』だ」

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