Day23 ひまわり迷路(お題・ひまわり)
『お兄ちゃ~ん』
風に揺れる広大なひまわり畑。火星基地と火星衛星基地、火星と木星の間にある
起伏の無い、真っ平らな緑の大地に碁盤の目のように走る大きな道路。それによって割られた区画に巨大な穀物、野菜栽培工場と働く人々の町が並ぶ。区画と区画の間の空いた空間には、住人達の憩いも兼ねて肥料となる植物が植えられていた。
れんげ、ひまわり、クローバー……。その中でも一番人気があったのがひまわりだ。夏休みには町の自治会の大人達によって迷路が作られ、家族でピクニックを兼ねて出掛けた。
『千代~』
黄色と茶色と緑の間から兄の呼ぶ声が聞こえ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『千代~』
虎丸が千代を抱えて飛んだ先はひまわり畑だった。一面、黄色に茶色に緑。それが青い空の下に広がっている。
『千代~』
「早速、おいでなすったか……」
虎丸が慎重に千代をひまわりの間の通路に降ろす。
「どうだ? 俺が解るか?」
腰を屈め、視線を合わせる虎丸に千代は頷いた。
「虎丸さんです」
その名前を呼ぶ。彼の目がにっと細くなる。
「さすが、椿だな」
どうやら、服には彼女の妖気が染み着いていて、それが千代の意識を守ってくれているらしい。普通ならこの呼び声に飲み込まれていたと説明しながら虎丸は周囲を見た。
「……相当、力をつけてやがる……」
不機嫌そうに二股の尻尾が揺れる。
『千代~』
「兄の声に似ています」
ひまわりの間から聞こえてくる声に、千代は彼の太い茶色の腕をぎゅっと掴んだ。
「河太郎の予想どおりだな……」
『ヤツは『ペルセウス腕M37』の怪談を使ってくる』
その言葉どおり、コイコイは怪談の『犠牲者が呼ぶ』という話を元に、千代の行方不明の家族の声を使って、彼女を呼んでいるようだ。
「俺の側から離れなければ大丈夫だ」
とんとん。虎丸の尻尾が背中を叩く。
「はい」
千代は兄の声をする方向を向いた。一歩踏み出す。そして……。
「『メッセージに誘われた女の子の前に広がったのは、家族みんなでよく遊んだ懐かしいひまわり畑。そこから不思議なことに亡くなったお兄さんの声がしてきます……』」
ゆっくりと『物語』をつむぎながら歩き出した。
『千代~』
「『声の方に進みますと……』」
ひまわり畑は幼い頃に遊んだような迷路になっている。オレンジの品種が植えられている角を曲がると
「いませんね」
今度は黄色の品種が列をなして続いていた。
「まあ、こういう罠は散々引きずりまわして、体力と気力を削ぐのが定番だからな」
虎丸はヒゲをひくつかせると、千代を左手で抱き寄せた。
「だが、付き合ってやる義理はねぇ」
右手を構える。爪を長く伸ばし、横にはらった。目の前のひまわりが十数本、茎の中程から断ち切られ、花が地面に散らばる。
むくり。散らばった花が黒い霧のような影に変わって起き上がる、目も鼻も口もない、黒いのっぺりとした顔がくるりとこちらを見る。ゆうらゆうら……。頭を揺らしながら立ち、影は二人に向かってゆっくりと歩いてきた。
「虎丸さん……」
虎丸の腕の中で千代は身を縮めた。
ゆうらゆうら……。彼が切り落としたひまわりだけでなく、地面に植わっている無数のひまわりも影に変わり、頭を揺らしながら四方から迫ってくる。
こいこい……こいこい……。影が両手を前に出し手招く。思わず虎丸にしがみついたとき、微かに水の匂いが千代の鼻をくすぐった。
「これは……?」
「河太郎のお守りだな」
虎丸も鼻を動かす。
「千代、河太郎の玉を地面に落としてくれ」
「はい」
千代はショルダーバッグから、緑色の玉を取り出した。ちゃぷん。水の音がする。言われたとおり、そっと地面に落とす。
ちゃぽ……ん……。
涼やかな水の音がすると玉から水が溢れ出す。それは千代と虎丸の二人の足下だけを残して、影の蠢くひまわり畑に一気にあふれ出た。
「さすがは川の神を務めただけはある」
玉から出た大量の水に影が押し流される。柔らかな水と湿った土の匂いの中、元のひまわり畑に戻る。そこに、一匹の緑色の生き物と複数の着物を着た子供達が現れた。
「……アイツ、自分の影と思い出の中の子供達の影も入れておいたのか」
子供達がわっと歓声を上げて、一斉にひまわり畑に散らばる。
『オイラ、こっちに行く!』
『うわ! ここ、行き止まりだ!』
『あれ? 花ちゃん? ここ花ちゃんの行った道と繋がってる』
方々から子供達が迷路を探索する声が聞こえる。千代は目を瞬いた。目の前の緑の生き物。甲羅を背負い、頭に皿を乗せ、手と足に水かきのついたそれは……。
「河童ですね」
「ああ、河太郎の本性だ」
「やっぱりそうでしたか」
常に
「こっちの方が可愛いです」
「それ、本人に言うなよ。ブチ切れるからな」
「はい」
くすくすと笑う。そのうち、どうやら子供達が迷路を抜けたらしい。次々と声が聞こえてきた。
『河太郎~! こっち、こっち!』
『ここが出口だよ~!!』
『河太郎~! おいで~!』
河童がくにゅっと目を細めた後、二人を顎でしゃくり、駆け出す。
「後を追うぞ」
虎丸がまた千代を抱きかかえると走り出した。
『河太郎~!』
『河太郎~、出て来いよ~!』
『千代~! こっちだ~』
子供達の声に一つ、大人の男の声が混じる。
「兄さんです! さっきのとは違う、正真正銘の兄さんの声です!」
腕の中で身を乗り出す千代に
「妹を心配でコイコイの力を伝ってやってきたんだな」
虎丸が足を早めた。
出口のひまわり。河太郎を呼ぶ子供達の隣に、水色のシャツに黒のスラックスを履いた背の高い男の姿が見える。
「兄さん!!」
「千代!」
妹の呼ぶ声に兄はにこりと笑い、大きく手を振った。
迷路を出ると、ひまわり畑も千代の兄も河童も子供達も姿を消す。
「『声の方に進みますと……女の子はひまわりの中で迷ってしまいました。でも心配ありません。亡くなったお兄さんの声が女の子を導いてくれます。女の子はお兄さんの声を頼りに迷路を抜けることが出来ました』」
千代が『物語』をつむぐ。つむぎ終え振り返ると、真っ直ぐな広い道路が伸びる、平らな緑の草原が二人の前に広がった。
「次がおいでなすったぜ……」
道路の向こうから白地に緑と青の線が塗られたバスがやってくる。
「父と兄の務めていた水稲栽培工場の送迎バスです」
バスがブレーキを掛けて、ゆっくりと二人の前に止まる。
「今度はこれか……」
乗降ドアがぷしゅーと音を立てて開く。二人は無人のバスに乗り込んだ。
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