Day22 お守り(お題・メッセージ)

「千代の気持ちはよく解った。やってみる価値はあると思う。ただし、一つだけ条件がある。俺も一緒に行く。良いな」

 『TASOKARE』は人も妖も救える船。だったら『成り損ない』も救えるはずだ。一晩考えたコイコイの『退治』方法を話した千代に、虎丸はにっと笑った。

「こういう勝負は本人の気力と体力次第だ。今はとにかく寝て、起きたらしっかり飯を食べろ。俺の方から三毛丸達に話を通しておく」

 

 * * * * *

 

「……寝過ぎました……。もう夕方近いです……」

 虎丸に言われて素直にベッドに入った千代は枕元のバリカの画面を見て、顔をしかめた。

 太陽系標準時SST、十七時。そろそろ黄昏時だ。窓をタップして出てきたサムネイルからパークを選ぶと、また十分明るい中、お客であふれる光景が見えた。

「……無断欠勤してしまいました……」

 この三年間で初めての失態にしょげながら身支度を終える。ピロン、タイミングを計ったかのようにバリカが鳴った。画面に河太郎からのメッセージが浮かぶ。

『起きたんなら、コントロールルームに来てくれ』

「……どうして解ったのでしょう」

 個人の部屋にはカメラはついてないので、さすがの河太郎も見ることは出来ないと思うのだが。

「……バリカからですか」

 彼が『ペルセウス腕M37公海宇宙船衝突事故』の怪談の書き込みを千代に見せない為、バリカに侵入したのは虎丸から聞いた。

「本当に油断も隙もないです」

 千代は唸ると部屋を出て、メッセージどおり、コントロールルームに向かった。

 

『テーヘンダ! テーヘンダ!』

 今日も一日『HACHIGOROU』と共に迷子捜索をしてたらしい。AIの賑やかな声が響く中

「そいつをやるよ」

 河太郎は千代に緑色の玉を渡した。

「なんですか? これは」

 半透明の玉には中に水が入っているのか、揺らすとちゃぷんと音がする。

「オレは一時期、川の神として祀られていたこともあってな。その力を玉にしたものだ。コイコイとの戦いで使いな」

「戦いではないのですが」

 説明しようとする千代を河太郎が押し止める。

「それは座長から聞いた。だが、お千代がどう思っていようが、コイコイは喰う気満々だ。お千代のバリカにコイコイの気がついていた。多分、バリカを通してネットに更に力をつけに向かったらしい。確実に喰らう為に間違いなく『ペルセウス腕M37』の怪談も使ってくる」

 河太郎の目が珍しく心配気な光を帯びている。千代は彼の後ろの『HACHIGOROU』のモニターを見た。普段はヒネた性格を隠そうともしない彼だが、芯は世話焼きの優しい妖なのだ。

「座長が一緒だから大丈夫だが、もしものときのお守り代わりに持って行ってくれ」

「解りました」

 千代は頷くと「ありがとうございます」パンツスーツのポケットに玉をしまった。

『ダンナ! テーヘンダ! テーヘンダ!』

 新しい迷子の報告があったらしく『HACHIGOROU』が呼ぶ。

「気を付けてな」

「はい」

 河太郎がモニターへ振り返る。その後ろ姿に千代はぺこりと頭を下げた。

 

 虎丸に言われたとおり、次に食堂に向かう。夕飯の定食は豚肉のしょうが焼きにワカメと豆腐の味噌汁。オクラの和え物と枝豆豆腐、ナスの浅漬け。二食抜いていたので、白いご飯の後、とうもろこしご飯で、しっかりおかわりして食べていると前の席に六造が座った。

「私はお千代さんがコイコイと対面すること自体、反対です」

 開口一番、ぴしりと言う。

「お千代さんはようやく心の傷が癒えた身です。誰かの為だろうと傷つくようなことをする必要はありません。ですが……」

 困ったように笑うと、六造はスーツの内ポケットから木の玉を出した。

「座長とお千代さんが一度決めたら譲らないのは解っています。ですので、これをお守りとして持っていって下さい」

 千代は玉を手に取った。大きさはさっき河太郎に貰ったのと同じくらい。つるりとした木目が美しい、触れると暖かみを感じる玉だ。

「六造さんが厳しいのは元大工さんだからですね」

 その玉に彼の昔の職業を思い出す。一つの油断が、多くの命を失いかねない仕事をずっと生業にしてきたから、彼はこんなにイレギュラーに厳しいのだろう。

「ありがとうございます。頂いていきます」

「本当に危なかったら、全部座長に任せてお千代さんは逃げて下さい。あのひとは強いから、なんとかしてくれます」

「はい」

「無事に帰ってきて下さいね」

 念を押して六造が立ち上がり、食堂を出て行く。彼の後ろ姿に千代はぺこりと頭を下げた。

 

 食事を終えて、食堂を出ると

「椿さんが呼んでます」

 三毛丸がやってきた。

「もう閉じ込めたりはしないと思いますが、念の為、僕も一緒に行きます」

 並んで歩き出した彼に千代は訊いた。

「三毛丸くんは反対しないのですか?」

「僕は虎丸様とずっと一緒にいましたから、あの方が承諾して一緒に行くのなら心配はありません」

 三毛丸がキッパリと言い切る。

「虎丸さんを信頼されているのですね」

「はい。未だにバリカのアプリを一つも使えない機械音痴ですが、あの方は妖力ちからだけは天井知らずなので」

 多分、千代の緊張をほぐす為なのだろう。冗談混じりで答える。

「でも、絶対に無理無茶はしないで下さいね」

「はい」

 千代はくすりと笑った後、真面目な顔で頷いた。

 

「ごめんなさい!」

 広報室に入った途端、椿が頭を下げる。

「あのときはもう、お千代ちゃんを守らなければ……としか考えられなくて……」

 とにかく、千代をコイコイの来られない場所に移す以外、考えてなかったらしい。

「椿さんの気持ちは良く解ってますから」

 昔、自分と同じ思いを経験しただろう妖に顔を上げるように言うと

「……今からでも、座長がコイコイを始末するまで、あの座敷に籠もるのはダメ?」

 上目使いに訊いてくる。

「……椿さん……」

 呆れる三毛丸に次いで「ダメです」千代ははっきり答えた。

「コイコイの狙いは私です。私が『退治』するのが一番です。それに上手く『退治』出来れば私と同じ……椿さんと同じ思いをしている人を助けることが出来るかもしれません」

「……解った」

 椿がようやく納得したように頷く。

「……でも、その服、『勝負服』には地味過ぎない?」

 いつものパンツスーツ姿の千代に首を傾げる。

「『勝負服』の意味が違いますが……」

「座長と行くんでしょ? だったら、もっとお洒落しよう! その方が気合いも入るし、私が選んであげる!」

 うきうきと奥の扉をスライドさせて、自分が広報用に使うドレッシングルームに千代を招く。こうなると椿はもう止まらない。しばらく彼女の着せ替え人形になることを覚悟する。

「三毛丸くん、いってきます」

「はい。いってらっしゃい」

 三毛丸が楽しげに手を振る。千代は、小さく息をついて部屋に入った。

 

 最後に自分の部屋に戻り

「虎丸さん」

 改めて虎丸の名前を呼んで、準備が出来たことを告げる。

「……うん、まあ、良いと思うぞ……」

 現れた虎丸は、古いフィルム時代の映画に出てきそうな、麦藁帽子とカントリー風のレースをあしらったワンピース姿の千代を見て、苦笑を浮かべた。

「妙に時間が掛かると思ったら椿に捕まっていたか」

「はい。散々試着させられて……」

 椿は選んだ服を着せた後、ジュエリーボックスから出したアクアマリンの指輪を『これ、私からのお守りだから』と右手の薬指にはめた。

 ピロン……。

 通知音がする。虎丸の茶色の耳がピクリと動く

 椿に貸して貰ったショルダーバッグを開ける。河太郎と六造の玉と一緒に入っていたバリカの画面にはメッセージアプリからの通知が浮かんでいた。

「……これは……兄さんの……」

 八年前、散々メッセージを送った千代の兄の、削除したはずのアカウントだ。微かに震える指先で通知をタップする。

『千代、どこにいるんだ? 遊びに行こう』

「きたな」

 覚悟していたとはいえ、やはり間の当たりにすると寒気が走る。虎丸は何度か耳を動かし立てると千代を横抱きに抱いた。

「ヤツが千代を捕らえる為に作った空間の位置が解った。招かれる前に、こちらから飛び込んだ方が良い。しっかり掴まっていろ」

 茶色の毛並みのふかふかした首筋に腕を回す。虎丸は彼女を抱えたまま、ふわりと飛んだ。

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