Day21 帰郷(お題・短夜)

「……………………」

 テーマパークに夏の遅い夕闇が迫る頃、今日は案内所のヘルプをしていた千代は品の良い中年女性に声を掛けられた。

「え?」

 聞き慣れない言葉に慌ててタブレットの同時通訳アプリを立ち上げるが

「……………………」

 いつも即時に音声と共に通訳してくれるタブレットの画面が『ただいま、通訳中です』のウィンドウが出た後、『通訳出来ませんでした』という画面に変わる。

「……えっと……どうしましょう……」

 繰り返し話し掛けてくる女性に困惑する。太陽系共通語である英語に似ているが、単語の意味合いが全く違うのか理解出来ない。こういうときは六造か河太郎を呼ぶに限る。千代が二人に連絡を取ろうとしたとき

「…………」

 横で煙管をふかしていた虎丸が女性に話し掛けた。

「……! ……………………」

「………………」

 どうやら通じたらしく会話が続く。虎丸は一端会話を止めると

「地球共通語だった時代の英語だ」

 千代の耳に囁いた。アプリの設定を開き、オプションから『英語(旧地球共通語)』を選ぶ。女性が再び話し出すと

『ここはどこかしら?』

 通訳された言葉が聞こえた。

『土星の衛星エンケラドゥスの衛星基地港です』

『土星!!』

 女性が天井を仰ぎ見る。

『……ようやく帰ってきたわ……』

 感慨深く呟く。彼女は更に訊いた。

『この船は何? 遊園地に見えるけど』

『はい。遊園地です。航宙興行船『TASOKARE』のテーマパークです』

『テーマパークの船?!』

 女性が心底驚いたように目を見開く。

『そこまで宇宙船技術が普遍的なものになったのね……』

 嬉しそうに笑む。

『あなた、私にこのテーマパークを案内してくれるかしら?』

 

 天井に映し出される空が星空に変わり、遊具の電飾がきらめく中、千代と虎丸は女性と共にパーク内を歩き回った。

『未来の遊園地というから、もっと変わったモノを想像していたけど、意外と見慣れたモノも多いのね』

 テーマパークには最新型のアトラクションもあるが、メリーゴーランド、観覧車、ミラーハウス、ミニ機関車といった、定番の遊具も多い。

『こういうレトロな遊具も今は返って新鮮で喜ばれますから』

『なるほどね』

 千代の説明に女性はにこやかに頷いた。それにしても……と彼女を見て思う。

 ……この方も随分レトロな服装をされてます。

 今時、旅客船以外の民間船は船橋でもクルーは各自好きな服を着ていることが多い。

 通信士の千代は通信モニターに映ることを考慮して、パンツスーツに高天原宙運の社員バッジを着けているが、虎丸は甚平、六造はスーツ、河太郎は帽子キャップにTシャツにジーンズ。椿にいたっては広報用に着たレースをふんだんに使ったワンピースをそのまま着ている日もある。なのに、この女性は宇宙大航海時代黎明期の作業服を彷彿とさせるフライトスーツを着ていた。

 ……地球標準語の英語と良い、不思議な方です。

 ちらりと隣で女性と雑談している虎丸を見る。虎丸が目で『大丈夫』だと笑った。

 ……そういえば、あのバッジ、見たことがあります。

 フライトスーツの襟元には渦巻く銀河を模したバッジが着いている。

 どこででしたっけ……。

 ホラーハウスに向かう二人に着いて行きながら千代は首を傾げた。

 

 ポン! ポポン!!

 太陽系標準時SST、二十時。恒例の花火が上がる。

『素晴らしいわ!!』

 女性は興奮気味に空を見上げた。

『日本の花火ね! 国際会議で見たことがあるわ!』

 見入る彼女の後ろに影が数体現れる。思わず悲鳴を上げそうになった千代を虎丸が押さえた。

船長キャプテン

 影の一つが彼女に声を掛ける。

『そろそろ出発の時間です』

『そう、解ったわ。貴方達は楽しんだ?』

『はい。懐かしくて楽しかったです』

 影達の穏やかな会話にこわばった身体の力を抜く。と同時に千代は思い出した。彼女が着けているバッジ……それは昔、地球を旅立った宇宙探査艇『オデッセイ』のミッションマークだ。

 宇宙大航海時代初期にあった、一方通行の探査計画。小学生の頃、授業で習い、その果ての無い彼等の旅路に悲しくなったのを覚えている。

『帰ってこられたのですね……』

『ええ、やっぱり故郷が懐かしくなって……』

 女性がはにかむように笑った。

『お千代、タブレットをそこの連中に見せてくれ』

 河太郎の声が聞こえる。

『あの時代の方式で出した、ここから地球までの距離と座標だ』

 言われたとおりに影達に計算式と数字が書かれたタブレットの画面を見せる。

『ありがとう。これで帰ることが出来る』

 影の一つが頭を下げた。

『楽しい時間をありがとう』

 影達が消え、女性の姿が薄くなる。

『こちらこそ。当船をご利用頂き、ありがとうございました』

 千代は頭を下げた後、一言付け足した。

『お帰りなさいませ』

『ただいま』

 女性が笑って……ふわりと消えた。

 

 * * * * *

 

 夏の夜は短い。あの後、夜のシフトを終え、自分の部屋に戻った千代は眠れないまま、ほぼ一晩中、考え事をしていた。

 『オデッセイ』の船長に自然に話しかけていた虎丸。河太郎の計算も彼がやらせたものに違いない。

 ……だったら……。

 窓型スクリーンをタップしテーマパークを映す。遊具やアトラクションが開けてきた空にうっすらと光っている。

 ……『TASOKARE』にひとも妖も救われました。虎丸さんなら解ってくれます。

 決意する。千代は部屋を出ると通路を挟んだ向こう、虎丸の部屋のドアをノックした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る