Day24 送迎バス(お題・絶叫)
工場で採れた野菜や穀物を運ぶ、広い道路をバスは進む。
工場員をそれそれの町から、送り迎えする送迎バス。このバスに乗るのが千代は好きだった。
コロニーに住む者なら誰でもタダで乗れるバスに、次のシフトの大人達と乗って、帰りは仕事を終えた父と乗る。
『千代さん、お迎えありがとうございます』
『はい!』
そして、父の隣に座り今日一日あったことを話しながらバスに揺られる。
それは千代にとってとても幸せな時間だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「『女の子は次はバスに乗りました。ごとごと揺られながら、お父さんの働く工場に向かいます……』」
一番後ろの席に虎丸と並んで座り、千代は『物語』をつむぐ。
「……父の工場に行くんですよね……」
「多分な」
二人以外、無人のバスを伺う。このバスは幼い頃、千代が乗った車と同じ型のAIによる自動運転バス。運転席も、もちろん誰もいない。
緑の先に白い建物の屋根が見えてくる。広大な敷地に工場と倉庫が何棟も銀色のパイプで繋がり、壁には『R-10』と大きな文字が描かれていた。
「間違いなく父が管理技師として務めていた工場です。あの文字は『お米を作る十番目の工場』という意味なのです」
もうすぐ父のところに着くのだとワクワクしながら見ていた文字だ。
工場前にはバス停がぽつんと立っている。その後ろに作業着やスーツ姿の人達が並んでいた。
ぷしゅー……。ドアが開く。次々と人がバスに乗り込んでくる。その中に父がいないか捜そうと座席から立ち上がった千代は「うっ……」短い悲鳴を上げた。
乗り込んで来る人の顔は、目も鼻も口も無い。真っ黒でのっぺりとした顔だ。ひまわり迷路で湧いた影そっくりに、頭をゆうらゆうらと左右に揺らして入ってくる。
「目を合わせるな」
虎丸の声に座席の後ろに隠れる。
「ふぅぅぅ……」
茶色の縞の毛並みを逆立て、鼻の上に皺を寄せ、虎丸が威嚇する。先頭の影が恐れをなしたのか、二人から二つ前の座席のところで歩みを止めた。
次々と影がバスの中に入ってくる。止まった影の横に並び、こいこい……こいこい……千代に向けて両手を上げて手招く。全部乗り込むとドアが締まり、バスが再び走り出した。
「あの中に親父さんはいるか?」
千代は座席の隙間から影達を見た。中に一人、頭を揺らさない影がいる。顔は周囲と同じのっぺらぼうだが、影は紺のスーツに千代が誕生日プレゼントに贈った猫柄のネクタイを締めていた。
「あの猫のネクタイの影が父だと思います」
「よし」
虎丸が影に向かい大きく腕をはらう。揺れる影が溶けるように消え、バスの中には父らしき影が一つだけ残った。
「『工場のバス停に着くと、亡くなった女の子のお父さんがバスに乗ってきました……』」
再び『物語』をつむぐ。
「……本当に父でしょうか……」
影が二人が座っている一番後ろの席にやってくる。ゆっくりと千代を見た後、反対側の窓際に座った。
「ああ。兄さん同様、千代が心配でコイコイの作った影に憑いているのだろう」
影からは確かに人の霊の気配がするという。
「……お父さん」
千代がそっと影に近づく。そのとき
ガコン!!
バスが大きく揺れた。虎丸が彼女をかばって覆い被さり、シートに押しつける。千代もぎゅっと彼にしがみついた。
「そうきたか!!」
「どうしましたか?!」
「コイコイが道の先の大地が割った!! このままではバスごと割れ目に落ちる!!」
ガクガクと揺さぶるような揺れが止まると、バスは何事もなかったかのように走り出す。虎丸の手を借りて起きあがる。フロントガラスの先に大きく切り立った崖が見える。崖はずっと、見渡す限り道路を横切る形で続いていた。
影の父が立ち上がり、前に向かって駆け出す。千代と虎丸も後を追う。父は運転席に座り、ハンドルの脇のパネルのボタンを次々と押した。
「何、しているんだ?」
「自動運転を手動に変えているのです!」
機械音痴の虎丸に告げる。父がハンドルを握り、足下のブレーキペダルを思いっきり踏み込んだ。更にブレーキレバーも上げる。
ギギ――ッ!!
悲鳴を通り越して絶叫のようなブレーキ音が響く。しかし、バスはスピードは落ちたものの止まらない。崖に吸い込まれるように近づいていく。
「お前はここにいろ!」
虎丸が飛ぶ。
ドン!! 大きな音が響き、崖とバスの間に巨大な虎猫が現れる。
「止まれっ!!」
雷鳴のような声が響く。虎猫が前足をバスに向かって突き出す。フロントガラスを巨大な肉球が覆った。
肉球に押されバスが止まる。
「虎丸さん!」
千代はドアを手動で開け、バスから飛び出し虎猫に駆け寄った。
「大丈夫か?」
「はい」
虎猫が頭を下げて、千代に乗るように言う。茶色の毛を掴んで、よじ登る。
「見ろよ」
崖に頭を向ける。千代はしっかりと彼の耳を掴むと恐る恐る崖を覗き込んだ。地割れの底で、何かがうごうごと蠢いている。目を凝らして息を飲む。無数の影が壁をよじ登り、地上に出ようとしているのだ。
「千代、六造の玉を地面に投げてくれ」
「はい!」
千代はショルダーバッグを開けて、出した木の玉を崖から少し離れた地面の上に投げた。てんてんと玉が道路の脇の草むらに転がる。虎丸が千代を乗せたまま、バスの横まで下がる。
玉がぐんと大きさくなる。そこから身の丈三メートルの鬼が姿を現した。
とんかん、とんかん。鬼が玉の中から材料と道具を取り出し、手際よく組み立て行く。見る見るうちに崖の端に大きな橋の袂が出来、それが向こうの端に向けて伸びていく。
「さすがは『
巨大な猫から、いつもの二本足で立つ化け猫姿に戻った虎丸が腕を組んで感心する。
「もしかして、あの鬼は六造さんの本性ですか?」
「ああ。気が付かなかったのか?」
「ええ、六造さんだけは、なんの妖が見当がつかなくて」
赤い肌に覆われた筋肉質の身体。大きな口から飛び出た白い牙に、金色に光る鋭い目。黒い乱れ髪に二本の角。絵巻物にでも出てきそうな恐ろしげな鬼の姿と、いつもスーツを身に着け、穏やかに柔和な顔をほころばせている彼がどうしても結びつかない。
「この姿はまだヤツが『鬼六』と名乗って山で暮らしていた頃のモンだ」
大工として腕は立つが、仕事の報酬に人の目玉や肝を要求する恐ろしい鬼だったという。
「そのアイツの腕に惚れ込み、人界に降ろした男が、よほど
自分を『棟梁』と呼ぶ人間の大工と流れの大工として、人の手では困難な現場で楽しげに働いていた。
「その男が遺言でアイツに、自分が亡くなった後も人の世で腕を奮って欲しいと頼み、形見として目玉を渡したらしい」
『……想いを預かったから……ですかね』
それが彼が千年以上も人界にいる理由なのだ。
「私も上手く『想い』を預けられますかね……?」
ふと今、やっている『退治』が上手くいくのか、不安になって呟くと、虎丸にちょんと頭を指でつつかれる。
「お前は切っ掛けとなる『物語』と『名前』を授けるだけで十分。そこから先は自分の力で貰い受けるモンだ」
虎丸がにっと笑う。
「『
「……はい」
大きな橋が崖に掛かる。まずは自分が渡って確かめた後、振り返った鬼は満足そうな笑みを浮かべて消えた。
スタートボタンを押し、バスががたごとと橋を渡る。這い上がった影達が遠ざかるバスになすすべもなく消えていく。
千代は運転する父の後ろの席に座った。三年間、『TASOKARE』で暮らした日々を、あの頃のように父に話していく。
一つ後ろの席では窓を開けた虎丸が煙管をふかしている。バスは道路を町に向かっていった。
「『女の子はお父さんの運転するバスの中で、お父さんとたくさんたくさん話をしました。そして……バスが止まり、女の子が降りるとそこは女の子の家だったのでした』
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