Day18 『成り損ない』(お題・群青)

『おい、お前こんなところで何してんだ?』

 夏の盛り、縁に繋がれていた三毛猫は自分を覆った影に顔を上げた。

『こんな暑いところで水もやらずに……』

 人間の男ほどの大きさの二本足で立つ虎猫が苦虫を噛み潰したような顔で自分を見下ろしている。彼は茶色い指を鳴らすと、ふわりと水の玉を出して三毛猫の前に浮かべた。

 それに夢中でしゃぶりつく。虎猫が自分をじっくりと見て『雄の三毛とは珍しい……』と呟く。

 確かに自分は非常に珍しい雄の三毛猫だ。だが、飼い主は最近手に入れたばかりの狆に夢中で、とはいえ、自分を手放すつもりもないらしい。世話もロクにしないで繋ぎっぱなしにしている。

『こんな仕打ちをされ続けていたら、いずれは死ぬぞ』

 虎猫がしゃがみ首に結わえられた紐をほどく。

『かと言って野良になっても生きられないだろう。どうだ、俺のところに来るか?』

 そっと太い腕で抱き上げてくれる。

『修行するなら、俺と同じ化け猫にしてやるぞ』

 ふわりと飛び上がり、屋根や木を伝って、青の空の下、山に向かう。

 それが三毛猫……三毛丸と虎丸と出会いだった。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 今日は千代は昨夜六造が撮った映像を編集している、椿のヘルプに入っている。

『私がしっかりお千代ちゃんについているから、座長と今朝の話をしてきなさいよ』

 そう言われて三毛丸は虎丸を探した。パークの天井のスクリーンには初夏の空が映っている。その青の中、茶色の毛並みを尖った塔の屋根に見つけ跳ぶ。一跳びで、脇に降りると「お前も、もうすっかり一人前の化け猫だなぁ……」口から煙を吐いて虎丸が見上げた。

「あれから、どれだけ時が経っていると思っているんですか」

 今でも、時々このあるじは自分を子猫扱いする。

 隣に腰を下ろした三毛丸に「今朝の六造の報告のことか?」竹筒に灰を落として虎丸が訊いた。

「はい、検分はどうなりました?」

「以前、六造が消したコイコイで間違いない。ヤツの気が操縦席に残っていた」

 昨夜遅くに帰った為、念の為、今朝の朝一でシャトルの点検をしていた六造が彼等のバリカに緊急連絡を入れた。自分が格納庫で消した『成り損ない』、コイコイの気配がシャトルの操縦席にあったという。

「六造の妖気が綺麗に席と操縦桿から消えていた。ヤツが啜ったのだろう」

 どうやら完全に消えては無かったコイコイが、船に漂う住人達の妖気によみがえり、今度は消されないように、強い住人を中心に妖気を集めているらしい。

「六造が謝っていたが、悪いのは俺だ。ヤツの言うとおりコイコイを乗せるのではなかった」

「それは……」

 確かに六造は

『座長、コレは『黒』です。船に乗せれば必ずトラブルを起こします』

 と言った。インターネットミームの『成り損ない』には中途半端な割に救いの無い『物語』を付けられて生まれたものが多い。だが、虎丸は

『いや、もしかしたらまだ濃い『群青』かも知れねぇ。ここにいるうちに綺麗な『青』になれる可能性はあるだろう』

 あのとき自分を拾ったように情けを掛けたのだ。

「今、『NENEKO』に河太郎が妙な電気信号を拾ったら報告するように指示を出して、六造と共に自分達が触れたものを片っ端から調べている」

 船橋の各自の席、先日、彼が交換したアトラクションの仕掛けも同じように妖気が啜り取られているらしい。これにヤツがこれ以上の自分達の妖気を啜らないよう、今日はみんな妖気を封じて行動している。

「ああいうヤツは『獲物』に固執する。間違いなく力を溜めればコイコイは千代を狙う。お前は今までとおり千代についていてくれ」

 例の『ペルセウス腕M37公海宇宙船衝突事故』の怪談は河太郎が依頼したハッカーが、怪談を書き込むアカウントを片っ端から……その者の使っている生活用のアカウントまで、表裏を問わず……問答無用で全消去しているせいで『『ペルセウス腕M37』の怪談を書くと書いた本人が呪われる』と内容が変わり、新規の書き込みはほとんど無くなっている。

「どうやらそっちからは『成り損ない』は生まれなかったようだ。これからはコイコイ対策に専念してくれ。見つけ次第、俺を呼ぶように。今度は俺が確実に消す」

「はい」

 頷いて三毛丸は空を見上げた。

「……『青』にはなれませんでしたか……」

 自分は彼の元でこうして化け猫になれたのだが。

 三毛丸の小さな嘆きの声に、煙草を詰めなおした虎丸の煙管の煙が、ゆるゆると作り物の空に上がっていった。


 * * * * *

 

「あれ? 私、バリカをどこにやったのでしょう?」

 編集作業を終えた後、明日休みを取って遊びに行かないかと椿が誘う。スケジュールを確認しようとした千代はポケットにバリカが無いことに気が付いた。

「食堂で触った覚えがあるから食堂ですかね……?」

「なら、もうすぐ、夕食だから一緒に行って探そうよ」

 VAミナミのマネージャーに動画を送り、椿がシートから立ち上がる。二人は連れ立って食堂に向かった。

 

 * * * * *


 食堂のドアの隙間から黒い影が忍び込む。それはテーブルの千代が置いたバリカに触れると中にすっと入っていった。 

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