Day17 想い(お題・その名前)

『棟梁! 頼む! オイラの願いを聞いてくれ!』

 土の上にむしろを引いただけの床に頭をこすりつけんばかりに下げる大工を私はあっけにとられて眺めていた。

『アンタの腕はすげぇ! きっといろんな人の役に立つ! だから、その腕で皆を助けてくれ! その為ならオイラの目玉くらい……一つと言わず二つともやるから!!』

 そう言って自ら自分の目を抉ろうとする彼を私は止めた。これだけ腕を認められ褒められると、私でも気分が良い。それに山暮らしにも飽きてきたところだ。この大工と人の世を巡るのも面白そうだ。

『人のことを何も知らぬ私が人界に降りるには案内役がいる。その案内役をお前が務めるなら、目玉が必要だ。しかし、私が飽きてまた山に戻ったら、そのときは両の目玉を貰うぞ』

『ありがてぇ……!!』

 彼がまた床に頭をこすりつける。

 そして彼と私は人界に降り……今もここにいる。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「試乗、お疲れ様でした」

 今日は千代は三毛丸と共に、六造に頼まれ、完成した新アトラクションのテストのヘルプに入っていた。入り口から可愛らしいバスに乗って入ると、島国の夏の光景が映しだされた3D映像の中のバス停に着く。バスを降りれば青い空に白い雲。揺れる草の間の道を行き、山で蝉の鳴き声の中、トンボや蝶を捕まえる。草の音と匂い、清流に跳ねる魚。どれもが映像とは思えないほどリアルだった。

「これ、スゴイです!」

 アトラクションを出て、千代は六造に興奮気味に話し掛けた。農業コロニー育ちの自分にとっては一瞬一瞬どれもが懐かしい。

「今回は夏の昼間ですが、時間に合わせて、朝昼夕夜、四季を演出することも考えてます」

 更にその中に住人達が混じるという。木立の後ろから、草の影から見え隠れする彼等の姿に客はきっと驚き、話題になることだろう。

 千代と三毛丸の感想に「河太郎の仕事はさすがです」六造は満足げに頷いた。

『……よく言うぜ……昨日、緊急メンテが終わった後、散々テストさせたあげく、設置まで手伝わせたくせに……』

 今日はいつも通り、コントロールルームに居る河太郎のよれた声がスピーカーから聞こえる。

「今月の終わりの夏祭りのイベントまでには間に合わせたいですからね。後、二週間で出演する住人のオーディションと演出も考えなければなりませんし」

 スケジュール的に今日、アトラクションを完成させなければならなかったらしい。河太郎のテストに付き合った後、また一夜にして設置、施工を完成させた六造は涼しい顔でタブレットの共有カレンダーに今後の予定を書き込んだ。

『……化けモン……』

「河太郎ほど妖力ちからのあるモノにそう呼ばれるとは光栄です」

『……ほざけ……オレはもう寝る……』

「はい、おやすみなさい」

 二人のやり取りに千代と三毛丸が苦笑する。スピーカーの音声がプツリと切れる。六造はにこやかに天井近くの監視カメラに向かい手を振った。

 

 食堂で昼食を取り、今度は住民のオーディションの打ち合わせをする。

「今回のアトラクションはホラーハウスが苦手な人がターゲットですからね……」

 主に女性や子供が対象になるだろうから、選考に千代と椿も加わって欲しいと六造は頼んだ。

「私は他のヘルプが無ければ大丈夫ですけど……」

 だが椿はVAミナミとの広告動画の編集で忙しい。

「バリカでスケジュールを訊いてみますかね」

 六造がメッセージアプリをタップしたとき

「六さん! ちょっとお願い!」

 当の椿が食堂に転がり込んできた。

「六さん、六さんの撮った映像に土星とエンケラドゥスと衛星基地が一緒に映ったものない?」

 動画の編集でミナミのマネージャーと話していて、今『TASOKARE』が居る位置が解る映像があれば……という話になったという。

「でも、宇宙から撮った映像はどれも使用料が高くて……」

 小型宇宙艇が進歩した今も任意の宇宙風景を撮るのは難しい。当然、撮れた映像も高額になるのだ。

「……エンケラドゥスと土星、エンケラドゥスと衛星基地ならありますが……。撮りましょうか?」

 建設関連にイベント関連、そして宇宙船操縦関連の免許を網羅している六造は宇宙遊泳のライセンスも持っている。しかも命綱無し、鉄壁の空間認識能力を持っていないと取れないという噂のヤツだ。

「撮ってくれるの?!」

「はい。今日の営業が終わりましたらシャトルを出します」

「ありがとう!! だったら構図は……」

 早速、椿がマネージャーに繋いで、映像の注文を出す。

「……河太郎さんじゃないけど……」

「……本当に化け物ですよね……」

 ここまで何でも出来ると感心する……を越えて呆気に取られる。文字とおり『お化け』を見るかのような顔の千代と三毛丸に六造がにっこりと笑んだ。

 

 シャトルを任意の座標で止めて、宇宙服で外に出る。土星とエンケラドゥス、衛星基地の重なる、注文どおりの光景にバックパックのスラスターを止め、六造はヘルメットに着いたカメラのスイッチを入れた。バイザーのスクリーンで撮っている映像を確認しつつ、中にあの目玉を呼ぶ。

「作造、見えるか?」

 白く瞳の濁った目玉はもう答えないが。

「素晴らしい光景だろう」

 作造は彼が荒れた大川に一夜で橋を架けたとき、その腕に感動して是非とも人の世の為にと彼を人界に降ろした大工の名だ。以来、六造は自分の名前の一文字とその名前の一文字を組合わせて『六造』と名乗っている。

 人の命は短い。六造と流れの大工の旅を続けて三十年後。彼はこれからも、その腕を人界に生かし続けてくれと約束とおりに目玉を渡して、この世を去った。以来、六造はずっと目玉と共にここにいる。

「基地だ。人が星を渡る人の為に作ったモノだ」

 基地を瞳に見せる。映像を取り終え、六造はシャトルに戻った。シャトルを発進させる。近づく港の中にS埠頭に停泊した『TASOKARE』が見えてくる。

「もう、人の世で役に立つには、私の腕一本では到底足りないが」

 六造は目玉に『TASOKARE』を見せた。

「しかし、お前の棟梁は人も妖も笑える時を作る為に、その腕を奮い続けているぞ」

 濁った瞳に船が映る。

『さすがオイラの棟梁だ!』

 彼の声が聞こえてくる気がして、六造は誇らしげに笑んだ。

 

 * * * * *

 

 シャトルが戻った格納庫にクルクルと影が現れる。影は舐めるようにシャトルの座席の上で蠢くと、すっと操縦桿の中に入っていった。

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