Day16 声(お題・錆)

「なあ、河太郎、知ってるか?!」

 いつものように川原で相撲を取って、勝ったり負けたりを繰り返して一休みしていたとき、興奮した様子で子供等が話し出した。

「山向こうにさ、機関車が来たんだってさ!」

「ぼんぼん煙吐いて走って、びっくりした馬がひっくり返ったとよ!」

「乗りてぇよな!」

「機関車かぁ……」

 それが外つ国とつくにから来た、黒い鉄で出来た走るものだとは河太郎も知っている。馬よりも早く、牛よりも重いものを運び、線路と呼ばれる鉄の細い棒の上に乗って、野やときには海の上も走るらしい。

「河太郎なら川を伝って見に行けるよな! 行ってどんなだか教えてくれよ!」

 山向こうではとても子供の足では行くことは出来ない。しかし、流れる川に住む妖なら……と子供の一人がきらきらした目を向けて頼む。

「見てきてくれよ!」

「頼むよ!」

 次々と口を揃えて頼む子供達に河太郎が頷く。翌日、彼は川を下って泳いでいった。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 今日もパーク内は地球の初夏の気温湿度に設定され、からりと乾いた空気に吹く風が心地良い。

 河太郎はヘルプに呼んだ千代と、彼女の警護をしている三毛丸と共に、パークの外に建てられた備品倉庫に来ていた。本来なら今日は新アトラクションの仕掛けのテストを手伝って貰う予定だったが、操業中のアトラクションに一部不具合が出た為、予備の備品に取り替える緊急メンテが入ったのだ。

 航行中、遊具に掛けるシートや固定するベルト、今は設置してないアトラクションの部品が整然と並ぶ中から、予備の仕掛けを取り出す。

「あ~、こりゃあ、一度バラして組み立てて部品を入れ替えないといけないぜ」

 仕掛けは埃まみれで、所々小さな錆が浮いている。河太郎は外に出ると手際良く分解していった。外した部品を千代と三毛丸が倉庫の脇に設置されているポンプからホースを引っ張って洗う。綺麗になった部品が外した順に一列に並ぶ。この陽気なら小一時間もすれば乾くだろう。

「休憩にしようぜ」

 河太郎は汗を拭っている二人に声を掛けた。

 

 三毛丸が食堂から持ってきた、きゅうりスティックとお茶で一休みする。パークから聞こえる音楽と歓声を聞きながら、のんびり日陰に座っていると並んだ部品を見ていた千代が

「河太郎さんは、いつもパークのお仕事だと仕事が早いですよね」

 振り返った。

 確かにこれが船の仕事だと航行に関わることや、大事故に繋がりそうなこと以外は頼まれても『そんくらい我慢しておけ』『後でやるから待ってろ』と面倒臭いので、なかなか動かない。

「そりゃ、こっちは金になるからな」

 千代の後ろで、にまにましている三毛丸を『本当の理由を言ったら沈めるぞ』と睨み、河太郎はもう一本きゅうりを手に取った。

「お金……確かに河太郎さんなら、それもありそうですけど……」

 納得し兼ねているようすの千代から目を反らし、きゅうりをかじる。青い匂いが口の中に広がった。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

『えっ! 河太郎、技師の勉強をするのか?』

『ああ、オレ、元は自分が、からくり人形だったことを思い出した。そのせいかもしれねぇが、ああいう機械に興味がわいた。だから学んで、オレもあんな機械を作ってやる!』

 河太郎の仲間には様々なルーツがある。そのうちの一つ、飛騨の匠が御所を建てる時に作ったからくり人形が自分だったことを、機関車の回る車輪を見て河太郎は思い出したのだ。

 そのからくり人形が捨てられ、川に住み着き、同じような妖と同一視されて語られて仲間になったことを。その後、この村の子供達が『河太郎』と名付けてくれ、『河太郎』になったことも。

『すげぇな! だったらしっかり勉強しろよ!』

『そして、オレ達を乗せてくれ!』

 再度、今度はしっかりと旅支度をして旅立つ河太郎を子供達が激励する。彼等は口々に河太郎の機関車に乗せて欲しいと頼みながら餞別にきゅうりや瓜をたくさんくれた。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

「誰も乗せてやれなかったけどな……」

 思わず溜息が口からこぼれる。技師の中に紛れ込み勉強を初めて何年たった頃だろうか。さすがに造るのは無理だったが、あいつらを乗せてやれるくらいの金を手に入れた河太郎は村に帰った。もう、あいつらは大人になってしまっているかもしれないが、きっとその子供達が喜んで乗ってくれる。

 しかし……。

 

『あんた、あの村にゆかりの人? あの村ね、この前の流行スペイン風邪で村人がほとんど亡くなって離散しちゃったんだよ』

 

 それから河太郎はただひたすら技術を学んだ。多分最後に『しっかり勉強しろよ!』と言われた言葉がそうさせたのだろう。アナログからデジタル……妖は時間はたっぷりあるから、いくらでも学べた。そして虎丸が自分達、妖で運営するテーマパーク船を造ると聞いたとき、押し掛け、機関士長と施設管理長の座に居座ったのだ。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

「さてと……」

 大きく伸びをして立ち上げる。今日中に部品の錆を落とし、使えるヤツは使い、使えないヤツは交換して、組み立て直し、仕掛けを交換してやらなければならない。

「続きをやるぜ」

 河太郎の答えにまだ納得してないのか、首を捻りながら千代がついてくる。

「まあ、お千代様『そういうこと』にしてあげましょうよ」

 聞こえてきた三毛丸の声に舌を打つと、何が面白いイベントでもあったのか、パークからカン高い子供の歓声が聞こえてきた。

 

『そしてオレ達を乗せてくれ!』

 

「ああ、まだまだ面白しれぇモンを作って乗せてやるぜ」

 頭の中で聞こえた声に河太郎は小さく笑って答えた。

 

 * * * * *

 

 営業が終わり、闇に包まれたパークにクルクルと動く影が現れる。それは、今日、河太郎が修理したアトラクションの仕掛けに絡みつくと、するりと中に入った。

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