Day14 『怪談』(お題・幽暗) 

 太陽系標準時SST、七時。河太郎はコントロールルームに虎丸、三毛丸、六造、椿を呼び出した。

「これが……ですか」

 モニターにはネット上に散らばる『ペルセウス腕M37公海宇宙船衝突事故』に関する怪談が映っている。昨夜から河太郎が集めたものだ。話の内容は主に事故の犠牲者がその家族や関係者を呼んで、あの世に連れて逝くというもので、その『呼ぶ』方法に『夜、窓の外で手招く』、『バリカに連絡が入る』等、様々なパターンが作られ書き込まれていた。

「……なんてことを……」

 椿の声が震える。犠牲者の家族にとってこれほど残酷な話はないだろう。怒りのあまり、彼女の周囲に漂い出した冷気を六造が手を振って打ち消す。

「こいつが初めて書き込まれたのは、三日前の協定銀河時GTU、午前二時だ」

 河太郎が書き込みの経緯と書き込み数を表示したグラフをモニターに映した。

「その後、複数アカウントであちこちのSNSにコピーされて投稿されている。多分、承認欲求を満たす為の性質たちの悪い人間による書き込みだろうな」

 それに更に一部のアカウントが悪乗りしてコピーされ、話の細部が書き変えられ投稿が続いているらしい。

「すでにSNSでは不謹慎過ぎる怪談として、運営に書き込み削除と書き込んだアカウントの凍結を求める声が上がっている」

 なんと言ってもまだ八年前の三千人以上の犠牲者を出した事故だ。それこそ天の川銀河系中に関係者がいる。

「事故の裁判が会社側全員無罪で結審したのが三年前だしな。心のケアの必要な家族や関係者も多い」

「で、千代にこのことは?」

 昨夜の様子では彼女はまだ何も知らないようだった。腕を組んでモニターを睨む虎丸に、河太郎は肩をすくめた。

「知らせるわけねぇだろ。昨夜のうちにお千代のバリカに侵入して、あいつが使っているSNSのミュート設定に、これに関するワードを片っ端から突っ込んでおいた」

 これで当分の間、千代がこの件に関連した書き込みを見ることはないだろう。

「それとオレが一目置いているハッカーに事態の沈静化を依頼した」

「ほお……」

 自信家で『TASOKARE』のデジタル関連の作業を一手に引き受けている河太郎が一目置くとは余程腕の立つ人物のようだ。

 HNハンドルネーム:isoginchakuは彼の依頼を二つ返事で受けた。

『八年前の事故でしょ。覚えてるよ。あの後、当局が公海を航行する全ての宇宙船に船舶検定をするように通達して、うちの工場がすごく大変だったから。今でも、うちに来る船乗りさんから事故の悲しい話を聞くよ。……許せないよね』

「あの人はヤルと言ったら、どんな手を使ってもヤル人だから、騒ぎはそう長引かず片付くと思う。この広がり具合からして『成り損ない』は生まれるかもしれないが、すぐに消えるだろう。後は……」

「お千代さんにいかに気付かれないようにするか、ですね」

 六造がふむと顎に手をやる。

「いつもとおりを装って、あちらこちらの仕事のヘルプに入ってもらいましょうか?」

 忙しくして彼女がネットの動きにまで気が回らないようにする。

「私、明日、VAミナミとのVR撮りがあるから、ヘルプに入って貰うわ」

「じゃあ、オレは新アトラクションの仕掛けのテストを頼むか」

「私もその仕掛けを設置したらお千代さんに試乗を頼みます」

 他の部署にも、なるべく彼女にヘルプを出すように通達する。

「よし。騒ぎが落ち着くまでネットから千代を引き離してくれ。三毛丸、お前は落ち着くまで側についているように」

 『成り損ない』が生まれた場合、奴はバカ共が作った怪談の役割とおり、まず事件の家族や関係者から襲う。

「はい。副警備長のクロさんに警備を頼んで、落ち着くまでお千代様の側にいます」

 千代は彼等の正体を知った上での協力してくれる貴重な人間だ。失うわけにはいかない。

自分てめぇの存在は自分てめぇで守る。皆、頼むぞ」

 昨夜、茶を飲みながら聞かされた、千代の思い出話を思い返しながら、虎丸はギリリと牙を鳴らした。


 * * * * *

 

 『TASOKARE』のシャトル格納庫。停泊時は無用な為、非常灯の明かりしかない幽暗な空間の隅に黒い塵のようなものが集まる。

 それはグルグル蠢くとすっと細くなり、格納庫の操作パネルの間に入っていった

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