Day13 再び(お題・切手)

「……あ、あの……と……とら……座長……」

 すみませんと身を縮める千代に虎丸がにっと笑う。

「まあ、そう焦るな。そのうちにな」


 * * * * *

 

「……またダメでした……」

 昼休憩。味噌汁にナスと豚肉の甘酢餡掛け、茗荷ときゅうりの浅漬けに冷や奴と、初夏らしい今日の定食を前に千代がうつむく。

「目の前にすると、どうも……」

 はあ……深々と息を吐き出す。二日前、昼寝している虎丸の耳元で『名前』を呼んでから、今度は面と向かって呼ぼうとしてるのだが、どうも照れてしまい、口に出来ないのだ。

「まあ、そう焦ることもないんじゃない?」

 隣の席でサクサクとイチゴのかき氷を食べながら椿が笑う。

「三年経って『呼ぼう』って思い立ったんだから、次は三年掛けて『呼べる』ようになれば」

 長寿な人外らしい言い分に思わず苦笑する。そのとき、食堂の入り口から六造が袋を手に入ってきた。

「皆さん、届きましたよ」

 袋の中身を空いているテーブルの上に広げる。カラフルな大量の封筒にわっと歓声が上がり、昼食を取っていた住民達が立ち上がり、周囲を囲む。

「先日、職場見学にきた小学生達からの手紙です」

 『TASOKARE』には一般客以外にツアーや学校の校外学習など、団体客も訪れる。

 先週の頭、体験学習にやってきた基地の小学校からの感謝の手紙らしい。宇宙時代、連絡はオンラインで済ますが当たり前の中、趣味人の嗜好品となっている切手まで貼ってある。

「オレのこと書いてあるか?」

「おい、こっちに渡せよ。お前は前に貰っただろう!」

 手紙のように思いが形に残るモノは、己の存在を保つ大きな糧になる。争奪戦が始まった住人達を前にパン!! 六造が手を叩いた。

「誰が何通持っているか、全てこちらで記録してありますから、私が配ります」

 座長に次いで妖力ちからの強い彼に住人達が大人しくなる。みんなを並ばせると、六造はタブレットを出し、チェック表を見、持っている数の少ない住人から順に手紙を渡していく。

「そういえば、兄さんが切手を集めてました」

 大小縦横、様々な封筒に貼られた色とりどりの切手にふと思い出す。価値のある未使用の切手ではなく、趣味で文通している人達に頼んで使用済みの切手を兄は集めていた。

「誰かの想いを運んだ跡があるのが良いって」

「素敵な考えね」

 椿がにっこり笑って、器に残ったイチゴシロップを飲み干す。

「六さん、私宛の手紙ない? 『椿ちゃんが可愛かったです』とか書かれているの」

 六造の元に向かう。手紙を貰い、はしゃぐ彼等に千代はあることを思い付いた。

 

 * * * * *

 

 太陽系標準時SST、二十三時。通路を挟んで向かいある虎丸の部屋のドアの開く音がする。千代は慌てて部屋から飛び出すと「座長!」と扉を潜ろうとする茶色毛並みの背中に声を掛けた。

「なんだ?」

 振り向いた彼に青い空の写真が印刷された封筒を差し出す。八年前、基地に引っ越すとき餞別に兄から貰ったレターセットで書いた手紙だ。

「あの……これ、なかなか名前を呼べない代わりに……」

 見張りをしている虎丸は滅多に人前に現れない為、手紙を貰ったことはないだろう。ならば私が、と差し出すと彼は「そんな大切なモンで……」絶句した後、嬉しそうに破顔した。

「……大切に読ませて貰うぜ。ありがとよ」

 ヒクヒクとヒゲが揺れる。

「まあ、名前の方はなんだ、ぼちぼちな」

 二股の尻尾も機嫌良く揺れている。その喜びように

「あ、あの、座長。よければ私の部屋でお茶でも飲みませんか?」

 千代は嬉しくなって誘った。虎丸が目を見開く。この船に乗って三年。彼を自分の部屋に入れるのは初めてだ。

「良いのか?」

「はい」

 頷いて、部屋のドアを開ける。虎丸をテーブルに招くと千代はポットと急須と湯飲みを乗せた盆を運んだ。

 

 ゆるやかに湯気が上がる中、兄に貰ったレターセットや切手の話をしつつ、お茶を飲む。

 柔らかく目を細めて虎丸が思い出話を聞いてくれる。

『千代さんを見る目が本当に優しいもの』

 家を出る前まで家族と過ごしていた何でもない穏やかで優しい時間。それを彼とならまた過ごせる。千代はそう感じ始めていた。

 

 * * * * *

 

「……ふうん、上手くいってるじゃねぇか……」

 監視カメラで千代の部屋に連れ立って入る二人を眺め、河太郎はにんまりと笑った。

「しかし、お千代も随分、元気になってきたな」

 この船に乗ったばかりの頃は、ともすると自分達より儚く消えてしまいそうだったのに。

 河太郎はモニターのカメラ映像を消し、別のモニターでSNSのコミュニティのホーム画面にアクセスした。久しぶりに自分が参加しているオカルトコミュニティを覗く。

 元来の陽の気にオカルト好きが輪を掛けて、天然祓い師となっている男のアカウントが管理するコミュニティだ。メンバーも皆、真面目なオカルト好き。彼等は日常に潜む本物の『怪』を探し、情報や議論を交わしている。

 その一番上に固定された書き込みに目を止める。アカウント名『masa_kun』。管理人の書き込みだ。

『当コミュニティでは『ペルセウス腕M37公海宇宙船衝突事故』を元にした怪談の書き込みを禁止します。参加者はSNS等で該当する書き込みを発見した場合、センシティブな問題があるとして通報に協力して下さい』

「『ペルセウス腕M37公海宇宙船衝突事故』……お千代の家族が亡くなった事故じゃねぇか」

 自分が少し離れている間にネットにおかしな動きがあったらしい。

 河太郎は画面を睨み、パネルに指を走らせた。

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