Day12 忘却(お題・すいか)
「ここはどこなんだろうね……」
私は足元の三毛猫に呼び掛けた。
ここ数日、妙に肩が重かった。気分もすぐれず『疲れが溜まっているんじゃない? 少し休んでみたら?』という家族の勧めに有給を取った。そして、VRチャンネルを見ていたとき、CMが入ったのだ。
この基地の埠頭にテーマパーク船『TASOKARE』が停泊しているらしい。
『あら、面白そうね』
目を輝かす妻に気が付いたら言っていた。
『気晴らしも兼ねて、今から行こうか?』
* * * * *
そのまま『私はホラーハウスは苦手だから……』と尻込みする妻を置いて、ふらふらとここに入ったのだ。
角を二つ曲がるまではジャパニーズホラーらしい景色が続いていたと思う。しかし、いつの間にか私は林の中にいた。木立ちがきちんと整理されたレジャー施設の周囲にあるような林だ。遊歩道の向こう、夕日の光の中、擬木のアスレチックが見える。
「ああ……」
私は、これもいつの間に足下にすり寄っていた三毛猫に話しかけた。
「ここは見覚えがあるよ」
コロニー産まれ、コロニー育ちの私が唯一、母星の土を踏んだ小学校の林間学校の宿泊地の光景だ。
林の間にコテージが建ち並び、その向こうには大きな湖がある。生徒はいくつかの班に分かれて、コテージに泊まっていた。
私は何故か先に行かなければならない気がして、ふらふらと林の中を歩き出した。三毛猫が後からついてくる。
少しずつ霧が晴れるように幼い頃の記憶がよみがえってくる。あれは最終日のことだ。その日は朝から皆、思い思いにコテージで過ごしていた。最後にもう一度アスレチックで遊ぶ子、虫取りに行く子、宿泊所管理事務所の畑のすいかの収穫の手伝いに行く子。私は特にすることも思いつかなかったのでバリカにDLして持ってきていた本を読んでいた。すると同じようにバリカを見ていた男の子が立ち上がり、玄関に向かったのだ。
『どこに行くの?』
『湖! 写真を取り忘れてたんだ!』
彼は写真が好きな子だった。カメラロールを確認していて気づいたらしい。
『十一時には管理事務所に集合だよ』
『解ってる!』
彼は私に手を振るとドアから飛び出していった。
「それが彼の最後の姿だったんだ……」
三毛猫が相づちを打つように「にゃ~」と鳴く。
「集合時間に彼は現れなかった。コテージにもおらず、管理事務所の人や先生達が探したけど林の中にも見つからない。それで担任と副担任の二人の先生が残って、私達は帰った」
その後、数日して私の家に警察がやってきた。
「彼は湖で遺体で見つかった」
事件の可能性がある。そう警察の人は淡々と話した。
勿論、私が疑われたわけではない。ただ私が彼と話した最後の子供だった為、任意の事情聴収を受けたのだ。
「それでもショックでね……」
あのとき自分が彼を止めていれば、せめて彼と一緒に行ったのなら、変な人に襲われることもなかったのに……と誰に責められたわけでもないのに自分を責めた。
「薄情なことにすっかり忘れていたよ……」
ぼそりと呟いた言葉に『そんなことないよ』というかのように三毛猫が鳴く。
木々の間から湖が見えてくる。あのときは空の色を写し、青く輝いていた湖面は今は夕日の色を写し、真っ赤に染まっていた。
そのゆらゆらと揺れる水面に何か黒いモノがぽつんと立っている。
「……ああ、彼だ……」
相当離れているのに私はそれが彼だと解った。
「……引き止めなかった私を恨んでいるんだね……」
ふらふらと湖に近づく。ぱしゃん! 靴の下で水音が鳴った。
「……一人で怖かっただろう……今、行くよ……」
靴が濡れる。そのまま私は進んでいった。あっという間に足首まで水に浸かる。
「ダメです!」
突然、私の前に警備員服の童顔の青年が現れた。私の肩を掴み、岸辺に押し戻そうとする。
「あれはどこかで貴方に憑いた悪霊です! 貴方の心の傷を利用して、後悔を煽ってとり殺そう招いているのです! 貴方の同級生ではない!!」
「……いや、彼だよ。ほら、片手にバリカを持って、私を手招いている……」
ざぶざぶ、膝まで水に浸かっていく。冷たい水がズボンの中に入り込む。
……ああ、彼はこんなに冷たい思いをしたんだ……。
「だから違うのです!!」
青年が必死に私にしがみつき岸に戻そうする。その彼を押し除けようとしたとき
「虎丸様!!」
青年が大きく叫んだ。
ザバン!! 突然、どこから現れたのか甚平姿の男が私の行く手を塞ぐように飛び降りる。
「船に漂う住人の妖気を使うとは……小癪なマネを!」
男が手を大きく払う。パッと水飛沫を上げて、黒いモノの肩から下が散った。
右手を構える。その爪が鋭く伸びる。男は下から上に爪を振り上げた。
「消えろ!!」
パカン!! すいかを割ったように残った黒い頭が散る。耳障りな悲鳴が上がり、長く尾を引いて消えていった。
* * * * *
気が付くと私は医務室で応接セットのソファに座っていた。妻が寄り添うように隣にいて、前にあの青年と男が座っていた。
「あんたは薄情じゃねぇよ」
男が懐から煙管を出して煙草を詰め、火をつける。
「可哀想な事件だが、その同級生はとっくに成仏しているし、そいつとの記憶は家族や、そいつを良く知る人達が大切に抱えている」
私が抱える後悔と懺悔に満ちた記憶など、彼とその人達を困らせるだけだと男は口から煙を吐いた。
「忘れてやれよ。それが一番の供養だ」
「……はい」
小さく頷く。白い煙がふわりと上がり、静かに消えていった。
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