Day6 連れ立ち(お題・筆)

 見越しの松に黒い塀。縁側で膝の上で眠る猫の背に手を置き、外を見やる女。

 私は『待つ女』として描かれていた。どこかの富豪の二号か三号か、夜更けと共に通ってくる旦那を待つ女。

 現実でも私は商家の蔵の棚に長い間、眠っていた。投機の対象にされ金庫の中にいたこともある。描かれたとおり、ただひたすら桐の箱の中で出して貰えるのを『待つ女』だった。

 それはようやく、この船に乗ったことで終わった。

 床の間をあつらえ、畳を敷いた休憩所の座敷席で、ずっと……とはいかなかったが、他の子達と交代で箱から出して飾って貰えた。

 三年前、私を気に入り、入場パスポートを買ってまで、毎日のように訪れてくれた、あの人に会うまでは。

『きっと、君を買い取りにくるよ』

 あれから三年。私はずっと『待つ女』を続けている。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 黒い梁に黒い柱、白壁が美しい、パーク内の和風かふぇ『松庵』に男性が入ってくる。

「いらっしゃいませ」

 今日はこの店にヘルプに入っていた千代は男性に声を掛けた。三揃えのスーツに、中折れ帽を洒脱被った紳士だ。彼はどこか上気した顔で

「あの人はいるかね?」

 弾むように声を掛けてきた。

 千代は首を傾げた。昼時の今、レストランは盛況だが、カフェは自分達店員以外、客がいない。

「お待ち合わせですか?」

 尋ねたとき

「ああ! もしかして『お松さん』の! あ、はい! 今ちょうど床の間にいますよ」

 ここの店長である茶釜のつくも神が奥から出てくる。

「三年ぶりですねぇ」

 ふくよかなおばさんに化けた顔を、店長はにこにことほころばせた。

「三年前、毎日のように『お松さん』に会いに来ていたお客さんだよ」

 そっと千代に告げる。

「『お松さん』……」

 その名と床の間という言葉に、色鮮やかに今日もそこに飾られている、絵筆で描かれた美人画が浮かんでくる。

「さあさ、こちらに」

「ああ。久しぶりに彼女に会えるな」

 店長の案内に男がはにかむように笑む。彼はいそいそと奥の座敷席に入っていった。


 * * * * *

 

「……これは見事に連れて逝かれたなぁ……」

 店長に呼ばれ、座敷にやってきた虎丸が唸る。

 なかなか注文をして来ない男に、千代が様子を見に行くと座敷席は空っぽだった。ただ、床の間に掛けられた美人画の女性『お松さん』が、まるで出て行ったかのように消えている。

『座長、三年前の入場パスポートの情報から、男のその後を追ってみたが、今年の春に亡くなっているぜ』

 千代のバリカから河太郎が報告する。

「すみません。幽霊なのは解っていたのですが、てっきり『お松さん』にお別れを言いにきたのかと」

 太ましい体を縮める店長に、虎丸は「気にするな」と笑った。

「三年前、ここを離れたときから、こいつはどこか色彩を欠いてた。そん時、もうとっくに男に心を捕らわれていたんだろう」

「きっと喜んで共に逝ったんのでしょう。連れ戻そうものなら馬に蹴られてしまいます」

 六造が『お松さん』の抜けた掛け軸を巻く。

「これはこのまま地球に送って、お寺でお炊き上げしてもらいます。店長は他の子を連れてきて下さい。今度は風景画の子がいいですね」

 苦笑を浮かべて頼む。店長が「はい!」と倉庫の向かって走っていく。

「迎えにきたのですね……」

 思わず呟いた千代の腕を、しっかりと虎丸が掴んだ。

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