【急章】第56話 再び
深い水底にいるかのように、意識がぼんやりと暗闇の中を漂う。
あたしと周囲の境は曖昧で、それは時の流れも例外ではなく。
死んだことは、覚えている。
正確には、助からないことを。
でも、それが何時のことなのかはっきりしない。
死後の世界らしきここでは、時を知覚することが困難だ。
こうして思いを巡らせたことも、思い始めて直ぐなのか、あるいは幾百日と経っているのか……。
けど、一つだけ確かなことがある。
それは、スサノオへの消えぬ想い。
あたしがまだ自分を保っていられるのは、そのおかげ。
守れなかった約束を、今度こそ果たしたいから。
ひたすらに、スサノオの幸せを願って……。
その命が、尽きるまで…………。
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……
…
“……ナ”
その音は小さく、気のせいかと思ったけど、
“クシ…”
また、聞こえた。
今度は、さっきよりちゃんと聞こえる。
それに懐かしさすら感じるこの音……いや、声。
まさか……。
ぼやけていた意識の境界が、鮮明になる。
浮かび上がるあたし自身が、明確にそれを捉えた。
“クシナ”
誰の声かなんて、考えるまでもない。
忘れるはず、ない。
気付けば、心が叫んでいた。
“スサノオ!”
届かぬと知りながら、失くした体を、手を伸ばす。
上へ上へと、声のする方へ……。
夜明けに
やがて強まる光は全ての闇を払い、あたしを再誕させた。
スサノオのいる、世界へ。
それが夢幻ではないと、目の前で泣きじゃくるスサノオの姿が教えてくれる。
記憶にある姿より随分成長しているけど、間違いなくスサノオだ。
あたしが想い続けた、スサノオだ。
以前したように、その頬に手を添える。
伝える言葉だけ、変えて。
「ただいま、スサノオ」
スサノオは目を見開き、嬉しそうに返してくれた。
「お帰り クシナ」
初めて見る、笑顔と共に……。
完
【完結済】妖し恋鬼譚 〜咎の黒鬼と贄の白鬼〜 風雲 空 @kazakumo_sora
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