魔法の品
その後、街の主要な施設を巡り、三人が塔に戻った頃には夜もすっかり更けていた。
彼女たちは報告のためラテリアの私室へと足を向ける。
エミリーが扉をノックすると中から返事があった。
「只今、戻りました」
「戻りました」
扉を押し開けながら二人はラテリアに声を掛ける。
「戻ったか。随分と遅かったのう」
「すいません。いろいろと見て回ってきたので。すぐに夕食の準備しますね」
エミリーはそれだけ言うと、リアとネンコを残して部屋を出る。
「それで、街の様子はどうじゃった?」
ラテリアは二人に椅子に座るよう促しながら尋ねる。
ネンコはリアの頭から机に飛び降りた。
「とても活気があって、素敵な街でした。でも海の匂いはちょっと苦手です……」
リアは正直な感想を述べる。
今日、三人は海の方へ出向いていないが、港だけあって街中、磯の香りが漂っている。
山育ちの彼女にとって嗅ぎ慣れない独特の匂いは、少々堪えたようだった。
その後もリアは今日あったことを報告する。
エミリーの魔術のせいで恥ずかしい目にあったことは伏せておいたが。
弟子の話を楽しげに聞きながらラテリアは、街について知っておくべき情報を付け足していく。
その間、ネンコは一点を見つめて放心していた。
彼にとって女性二人の買い物に付き合うのはことのほか骨が折れたようだ。
そんなネズミを放置した二人の話は購入した品物の件に及ぶ。
「ふむ、仕事道具についてはエモが用意したものであれば間違いはあるまい。後は武器じゃな」
賢者はそう言うと、おもむろに立ち上がり部屋の中を漁り始めた。
リアは師の意図に気づいて、慌てて立ち上がる。
「旅先で見つけた短剣を持ってますので」
「あれは物は悪くないが、戦いで使うとなると少々心許ない。これからのことを考えるともっとちゃんとした武器が必要じゃろう」
ラテリアはそうやってしばらく室内をかき回していたが、そのうちあったあったと言いながらリアたちの元に戻ってきた。
賢者がリアに差し出してきたのは、革製の鞘に納められた一振りの剣だった。
刃渡りは四十センチ程度と刀剣としては短めだ。
握りの部分には太めの革紐がしっかりと巻かれており、滑りにくくする工夫が施されている。
全体的に凝った装飾のない、質素な作りだ。
リアは、差し出された剣を恐縮しながら受け取り、鞘から抜いてみる。
次の瞬間、リアは感嘆の声を上げた。
その剣の刀身はほのかに光を放っていた。
試しに振ってみると、刀身の通った後に薄く光の筋が残る。
また、リアの持つ短剣より大きさがあるにも関わらず軽かった。
「魔法の剣……」
リアの呟きに、ラテリアは頷く。
この世界には魔法のかかった武具が存在する。
そして、それらは剣であれば、丈夫で、切れ味が鋭いといった具合に通常のものと較べて遥かに性能が良い。
しかし、その数は少なく、市場に出回ることはほとんどない。
作成に高い技術と魔力、触媒、そして多くの時間が掛ることが原因だ。
そのため、魔法の武具の価値は非常に高く、剣士や魔術師にとっては憧れの対象だ。
それはまだ幼いリアにとっても例外ではなく、彼女は目の前の剣の魅力に引き込まれていた。
「遠慮することはない。それは儂がだいぶ昔に付与術の鍛錬がてら作ったものじゃからの。『軽量』と『鋭利』の術を施しただけの単純なものじゃ。まあ、それでも制作に一年以上費やしたがの。当然もっと良いものもあるのじゃが、駆け出し触媒師には十分な品じゃろう」
十分どころではないと心の中で付け加えながら、リアは素直に礼を述べる。
そして、ラテリアが付与術にまで精通していたことに彼女は驚いていた。
付与術とは物品に対して永続的に特別な効果を与える魔法である。
その効果は、単純に対象物を頑丈にする、軽くするといったものから、炎を発する、魔物を召喚するといったものまで様々だ。
かつては多くの魔術師が使いこなしたと言われているが、現在では扱える者は少ない。
莫大な労力と費用に見合うだけの効果が得られないことが、付与術が廃れた理由とされている。
また、人間では、神々の作りし品には到底及ばないことを理由のひとつとして挙げる者もいる。
真の騎士であるアルフォートの持つ長剣『炎の遺志』や聖女ロエルの聖鎚『戦神の拳』は神の創造物だが、あれほどの武器を人間が作ることは不可能だ。
そのことに気付いた付与術者がやる気を失ってしまうのも仕方のないことだと言える。
「ありがとうございます。大切に使います」
リアはひとしきり剣を振るった後、鞘に納めた。
室内にパチンという音が響く。
その様子をにこやかなに眺めていたラテリアの表情が突然曇った。
テーブルの上に座り込んでいたネンコがいつの間にか立ち上がり、じっと自分の方を見ていたからだ。
ネズミの発する雰囲気に何かを察したのか賢者は半歩だけ後ずさる。
「オレのは?」
ラテリアとリアのふたりは、やはりと言った顔をする。
当然、ラテリアは彼が扱えるような武器を準備していない。
「ネンコ殿は、あれじゃ。その豪腕があるではないか。武器など不要では……」
「オレのは?」
ネンコが一歩前に出て、ラテリアが更に半歩下がる。
その時、扉が勢い良く開き、エミリーが入ってきた。
そのままネンコを両手で掴み、ぎゅっと胸に抱く。
「ネンコ様、ご安心くださいませ! 私が貴方のために最高の武器を作って差し上げますわ!」
ネンコは何か言っているようだが、エミリーの胸に押しつぶされており、その声は聞こえない。
「エミリーさんも付与術が使えるんですか?」
意外といった様子でリアがラテリアに小声で尋ねる。
「そうじゃな。あいつの術は」
ラテリアは少し苦笑いすると、同じように小声で返す。
「神の領域じゃよ」
その言葉を理解するまで少し時間がかかったが、そのうちリアは大きく目を見開く。
「何者なんですか? エミリーさんって……」
ラテリアは今度は質問に答えず、ひとり幸せそうにはしゃぐエミリーをただ眺めていた。
その表情はどこか悲しげで、リアはそれ以上質問を続けることができなかった。
魔女とネズミの冒険譚 ~魔法使いの少女と最強最弱のネズミが世界を滅ぼすまで~ @korobe0113
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