下校ミント


「あぁっ、待ってたよぅ。ふふふ、帰りも傘入れて貰ってぇ、いいかなぁ?」


 時間が過ぎるのが異様に早いと感じる時がある。気がつけば、時刻は放課後になっており、僕は教室から下駄箱の前に立っていた。下駄箱の前では切れ長な眼を細めた彼女が待っており、どこか嬉しそうに笑い僕の顔を上目遣いに見つめてくる。また身体の芯が熱くなりそうな色付いた衝動を抑えるように心の奥底にあるイヤな自分を僕は殴りつけ、もちろん大丈夫と大きく頷いてみせた。彼女もうなずくと楽しげに後ろへとステップを踏み下がる。カールヘアがリズミカルに揺れ、僕はまるで雨水の妖精にでも誘われるかのように急ぎ足で後を追いかけた。


 外はまだまだ雨脚強く、世界を濡らし続けている。僕が折り畳み傘を開くと、彼女は僕の隣で冷たい指を絡めて傘の柄を握る手を優しく包むように握ってくれた。なんだろう、朝よりも距離が近いと感じたが、彼女の半月に眼を細めた笑いと、鼻突く爽やかなミントの香り、好意という自分勝手な淡い恋色にそんな疑問が簡単に吹き飛ばされてゆく。


「さあ、いこぅ」


 耳こそばゆい囁きにゾクリと身体を震わせながら、手を握った彼女の歩みに合わせて、再び雨の世界へと足を踏み入れた。雨粒は強く打ちつけてきて、まるで僕たちの行道を拒もうとしているようにも感じる。



「今日の雨はすっっごく、強いね、空を一日塗りつぶす雨雲て、なんだか憂鬱だよね、太陽の光が恋しい、恋しいィッて、思っちゃう」


 雨歩く彼女はどこか恨めしげに雨雲を見つめている。僕は、会話が途切れぬように晴れた日がそんなに好きなの? と、あまり彼女が求めてはいないだろう受け応えをした。


「晴れた日が嫌いな人はいないと思うなぁ。太陽の光は気持ちがいいもの。きみは、雨の方がいいの?」


 彼女は特に不機嫌とはならずに答えてくれた。僕は、晴れた日のほうが好きだけどたまには雨もいいかなと答える。


「それはどうして?」


 気のせいだろうか、彼女は少し不満げな声と笑わない眼でコチラを見た気がする。僕は、その不満さと異質な違和感を解きたくて少し勇気を振り絞って君とこうして歩ける奇跡に出会えるからかなと答えた。

 少しキザったらしかったか、自意識過剰だったろうかと不安になったが、彼女の声音は不満から優しいものへとわかりやすく変わっていた。


「奇跡かぁ、そうだねぇ、これは奇跡なのかもねぇ。う〜ん、そう思うと雨も悪くはないのかもねぇ」


 彼女の口元は凄く嬉しそうに口端が上がっていた。見たこともない笑顔が確かにそこにはあった。


 何故だろうか、それがイヤに怖いものだと感じるのは。


「ん〜、どうしたのぅ?」


 首を傾げる彼女は無邪気な幼女のように笑った。この大人びた顔との落差ギャップにまた胸の奥が掴まれてゆく、あぁ、彼女が怖いものだと感じたのが何故なのか、わからなくなった。


「手の震え、止まったね?」


 震え? 僕の手は震えていたのか。気づかなかった。いったい、どうして。


「そんなの、キミ自身じゃないから、わからないよねぇ、感情ハート選択肢チョイスを決めるのは自分自身だもの」


 それは、確かに彼女の言うとおりだ。彼女に僕自身の事がわかるわけないじゃないか。


「あ、見て」


 手を握り返して立ち止まる彼女に引っ張られるように僕の歩みも止まった。


 止まった先は、登校中に見つけたペパーミントがビッシリと生え広がったプランターが置いてあった家だった。


「プランター、新しいのに、変わったんだ」


 見ると、確かにペパーミントだらけなプランターは消え、変わりに何の植物も無い黒土が敷き詰めたプランターがあった。


「そっかぁ、残念だね」


 それは、誰に向かって言ったのか、僕の方には顔も向けずにポツリと呟いた。何が残念なのか、聞こうという気にはなれなかった。


 「まま、気にせず、いこうかぁ」


 彼女はクツリと笑うと僕の手を何度か握り返して、微笑むと、また歩みを進めた。僕も、彼女の歩調に合わせて隣立って歩いた。






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