ミントという植物


「あぁ、見てよぅ」


 学校にもうすぐ到着する段になって、彼女が僕の裾を引っ張り歩みを止めた。どうしたのと、顔を向けると彼女は民家の玄関先に置いてあるプランターを指さす。


「あれ、ミントだねぇ」


 ミントという言葉に彼女から発せられるミントの香りをスンと嗅ぎ、誘われるように僕もプランターを眺めた。そこには少し特徴的な形をした緑色の葉をつけた植物がプランターに生え広がっていた。これがミントの葉っぱか、意外と実物を見たことは無いなと思っていると彼女はクツリと笑ってミントの種類を得意げに教えてくれた。


「あれは、ペパーミント。香りが強くてチューインガムやキャンディに使われてるやつなんだよね。他にもスペアミントていう甘い香りが特徴的なミントもあってねぇ。こっちもガムの材料になることもあるけど、代表的なのはやっぱり歯磨き粉かなぁ」


 彼女の口はイヤに饒舌だ。随分と詳しいねというと。


「好きだからねぇ、ミント。それよりも、気づかない?」


 気づかない? なんだろうと首を傾げると彼女は細指でプランターの上部にゆっくりと丸を描いた。


「あのプランターにビッシリと生え揃ったペパーミントを見て、きみはどう思う?」


 どう思うと言われても、ステキな香りがするペパーミントを大事に育ててたのかな?

 そう僕が答えると彼女は手の甲で口を押さえて笑った。


「ふふふっ、あれは違うチガウ。大事に育てたんじゃない。間違えちゃったんだよ。ミントの事をなぁんにも知らなくて植えちゃったに違いないんだよ」


 間違い……? ミントの事を何も知らないって?


「ミントてね、実はとても繁殖力が強い植物なの。軽率に植えちゃうと、大事にしてた本命だったお花も潰して、土も水も太陽の光も独り占めにしちゃおうとするの、悲しいけど駆除対象にもされちゃう雑草でもあるのよね」


 こんなに爽やかなイイ香りをしてて、お菓子とかにもいっぱい使われてるのに? 信じられない。


「それはきみがミントにスゴく良いイメージしか持っていないからかもね。好きに彩られた感情てね、嫌なイメージで濡らしたくはないものでしょうから」


 彼女は手の甲に唇を押し当てて、艶めかしい口吻くちづけの音を鳴らした。手の甲はクッキリとした唇の形に濡れていた。無意識に喉が鳴る。


「……ミントて名前はね、ギリシャ神話が由来なんだ」


 唇の形に濡れた手の甲を指先で拭いながら、彼女は新しいミントの知識を教えてくれる。


「ギリシャ神話、冥王ハーデスの浮気相手メンテー。彼女がミントの由来」


 へぇ、メンテーがミントになったのかぁ。


「うん、まぁ当たってるのかな。メンテーはね、ハーデスの奥さん冥界の女王ペルセポネの怒り狂った嫉妬から、くだらない雑草に姿を変えられてしまうの。以来、その雑草はミントと呼ばれるようになり、愛らしく咲き、陽の光を浴びるたびに素敵な香りで人々を楽しませる雑草になったの。土も水も太陽も独占したい魔性を宿し爽やかに魅了する雑草にね。ふふふ、無駄なウンチク語ってないで、いこうかぁそろそろ」


 ひとしきりミントの由来を語った彼女は、凄く素敵な笑顔を零すと、僕の制服裾を軽率に引っ張り歩みを進めた。



 何故だろうか、ミントの爽やかな香りをより強く感じたような気がした。




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