高貴なリッチは少女の誘いを断ります。
葉式徹
魔法使いと少女
「あ、あの!!リッチ様!」
街へと花を買いに行った帰り、街の子どもに話しかけられた。色は白く小柄で、くっきりとしたまぶたに縁どられる綺麗な瞳は透き通った緑色をしている。子どもは子どもだが、どこか大人びたものを感じた。
そんなことを思いながら、視線を少し下にやる。すると、何か包みを持っていた。
「……。なんだ、私に用か」少し嫌な予感がしつつも、私は訊ねる。
「えと……その、以前からあなたをお慕いしておりました。これ……受け取ってください!」
なんということか。子どもはそう言って、恥ずかしそうに包みを差し出してきた。勘弁してほしい。断るのも中々に度胸がいるというのに。もし泣かれでもしたら、周囲の眼が気になるというものだ。
「リッチとなった魔法使いであるこの私が、お前のような子どものプレゼントなど受け取るはずがないだろう。他を探すんだな」
それでも心を鬼にして、受け取りを拒否した。
……ここでもう諦めてくれればよかったのだが、そいつは「諦めませんから!」と走り去っていった。これは面倒なことになりそうだ。
告白を受けた次の日、私は仕事があったので支度をして家を出た。すると街へ向かう道の途中、昨日の少女が待ち伏せしているのを見つける。
「はぁ……。なんのつもりだ。プレゼントの話なら昨日断っただろう」
「私も言いましたよね。諦めないって」
少し距離を取り、立ち止まって告げるも、彼女は私の方を睨むように言った。語気には力が入っていて、こりゃ簡単に引き下がってはくれなさそうだ。
「話にならないな。私はこれから大切な仕事があるんだ。そこを開けてもらわないと困る」それでもまずは会話からと、そう言い放つ。実力行使は後だ。
「簡単です。貴方がこれを受け取ってくれたら、私はここを退きます」
が、彼女は引くことなく包みを開け、中からマフラーを取り出した。
マフラー。この国には、不思議な慣習がある。
それは、恋をした女性が相手にマフラーを差し出して、受け取ってもらえれば恋愛が成立する。というものだ。
だからこの国の男性は冬になるとこぞって妻や恋人の作ったマフラーをつける。女性の手作りマフラーには、それだけの意味があるのだ。
そして……私は今、それを受け取ることを迫られている。正直言って嫌だ。見たところ、彼女は12~13歳。まだ子どもだ。私は子どもと恋愛する趣味を持ちあわせていない。周囲にそうだと誤解されるのも、避けたい。
「どかないならば、こうするまで」手早く済ませようと、指を鳴らす。
直後、彼女の足元に直径2m、深さ150cmほどの穴が開く。簡単な土魔法だ。少しかわいそうな気もするが、致し方あるまい。話し合いで解決しようとはした。応じなかったのは彼女の方だ。私は悪くない。
「な、なんてことするんですか!いたたっ!いたい!怪我をしました!責任を取って嫁にもらってください!」
穴に落ちた彼女が、私を見上げて放つ。はは、ケガの責任か。
……地味に怖いから、嘘でもそういうことを言うのは勘弁してほしい。
「ケガ?その深さでか?バカを言うんじゃない。……だが、念のため治癒魔法をかけてやる」
少し不安に思った私はローブから杖を抜き、穴の中に向けて治癒魔法を発動した。杖の先から出た淡い青色の光が、彼女を包む。
「これで文句はないだろう。私は行く、仕事があるのでね」
そう言って、私はその場を去った。これだけやっておけば、もう来ることはないだろう。
そして私の読み通り、その後しばらくの間彼女は現れなかった。嫌いになってくれたようで助かる。
しかし半年ほどが経ってそんな少女がいたことも忘れかけた頃、彼女は再び現れた。
「リベンジです!今回こそは受け取ってもらいます!」以前と似た口調で、彼女が言う。心なしか、背が伸びた気がする。
「また来たのか。まあいい、今回も」久しぶりに現れた彼女を面倒くさく思いつつ、私は再び指を鳴らした。が、どういうわけか彼女は前回の様に落下しなかった。
どうやら、土魔法を勉強したらしい。
「……対策してきたな?」彼女を睨みつける。
「そうです!私だって成長すr……って、これはなんですか!」
勝ち誇ったように答えた彼女だが、自分の足元を見て驚いたらしい。自分の右足に両手をかけて、必死に引っ張っている。
話している隙に、魔法を発動しておいたのだ。今彼女の足は、植物の
「植物魔法で作った
そして、前と同じように職場へ向かう。悔しそうに私を睨む眼が怖い。……これは、また来るだろうな。
「諦めませんからね!!また来ますよ!!」案の定彼女を通り過ぎた後、後ろからそう声がした。もう来ないでほしい。
それから彼女は、二か月に一回ほど挑んで来た。そのたびに軽くいなしていたが、彼女は来るたびに土魔法、植物魔法、水魔法、炎魔法などの初級を習得してきた。そのせいで、1年もすると足止めが困難になった。
無論、本気で戦えば負けることはない。しかしそんなことをすれば、彼女にケガをさせてしまうかもしれない。子ども、それも女児にそんなことはしたくはない。
「ああ、面倒くさい!なんなのだ貴様は!!」7回目に彼女が挑んできたとき、とうとう困った私は職場を目指して走った。要するに、戦いを避けて逃走したということだ。
こちらは成人男性、対して相手は未成年の女子。脚力の差は歴然、私はみるみる彼女を引き離した。
……がしかし、体を動かさない仕事だったのが祟ってすぐに息が上がった。速力はどんどん落ちていく。
「もうすぐ追いつきますよ!これで私を認めてくださいますか?」
「はぁ……いや、ダメだ!私は……貴様のようなやつとは……はぁ……くそ、小娘に体力で負けそうになるとは、情けない……」
すぐ後ろに迫った彼女に、私は息を切らしながらもなんとか言い返す。ローブが暑い上、重い。絶対買い替えよう。もっと軽い、シルクとかのやつを。あと運動もしよう。
「ライヒナーム様!?どうされたのです!」
どうにかこうにか職場である魔法学校の正門までたどり着くと、守衛が目を丸くして私を見た。無理もない。普段はクールな教授であるこの私が、今日はダラダラと汗を流しながら走って来たのだ。
「はぁ……はぁ……いや、大したことはないんだ。街の小娘に追われて……な。こいつは中に入れるな」
「は、はぁ……。わかりました。」
門内に駆け込んで言うと、守衛は首を傾げつつ了承した。助かった。
「はは、流石の……貴様も門から中へは入れまい。いい加減諦めるんだな」
膝に手を着いたまま振り返り、門前で守衛に阻まれる彼女の方を向く。
「学校に逃げ込むなんて卑怯です!でも私、諦めませんから!!」
「うるさい!もう二度と来るな!」
これから毎日追われ、追いかけっこをすることになるかと思うと気が重い。明日からは馬での通勤も考えなければ。
しかしどういうわけか、翌日以降彼女は姿を現さず、あっという間に1年半が経った。
まぁ、そんなことはいい。今日は10月1日、新学期だ。今年の新入生にはどんなのが……。
「せーんせ!来ましたよ!!」
クソが。おかしいじゃないか、ここは帝立魔法学校。超エリート校で、偉大な魔法使いや冒険者の血を引く者でないと試験の突破が難しいはずなんだ。なのに、どうしてただの町娘に過ぎないこいつがここにいるんだ。
それも、名簿を見ると彼女は15歳。その若さでここに入学した人間は、校の歴史でも2人しかいない。
「貴様はどこまで私を追いかけてくるんだ。なんとかして退学にしてやるからな」
「それは無理ですよ先生。だって私、天才ですもん」
最初の講義でそう言ってやったが、彼女は余裕そうに不埒な笑みを浮かべた。
「……教師と生徒の関係である以上、マフラーは受け取れないからな」
その後、彼女ことミレーナ・フィッシャーは、私が担当する『治癒魔法研究室』に入室してきた。
そして発言通り、彼女は天才だった。学校の成績は常にSだったし、研究の補佐も完璧にこなした。彼女には、昔から驚かされるばかりだ。
時間が経つのは早いもので、あっという間に卒業の日となった。式が終わると同時に、彼女は……。いや、ミレーナは私のもとに現れる。
「マフラー、受け取ってくれますか?」
「…………。そうだな、ミレーナ。お前を小娘というのはもう無理かもしれない。私の負けだ」
そうして、私は申し出を受け入れた。彼女は顔を赤らめて涙を浮かべ、今にも泣きそうにしている。
かと思うと嬉しそうに笑顔を見せ、「アルフレートさん!!!」と、私の名を呼んで抱き着いた。
その3年後、私は彼女と所帯を持った。プロポーズは私からだ。
それからは幸せが……と思われたが、現実はそんなに甘くなかった。私の研究が完成間近というとき、ミレーナが病に倒れた。それは既存の魔法では治癒できない難病だった。
だが、私の研究である『不死身の存在となる魔法』ならば治せる可能性があった。大急ぎで自宅に研究機材を持ちこみ、彼女を励ましながら研究に没頭する。
努力の甲斐あってか、半年ほどで実証実験の段階に入ることができた。
床に魔法陣を引き、妻のベッドをその上に移動する。
「アルフレートさん、本当にうまくいくのですか?」
術を始めようとしたとき、彼女は不安そうに言った。声は枯れて顔はやつれ、肌は信じられないほど白くなっている。もういつ死んでもおかしくない状態だ。
「怖がることはない、絶対にうまくいく。私を信じろ」
私は妻を励まし、睡眠魔法をかけた。まもなくして、彼女は安らかな顔で眠りに落ちる。この眠りが永遠の物とならぬよう、絶対に成功させなければ。
用意した魔力補給用ポーションは24本。これだけあれば足りないということはない。ただ私の体力が持つか……。だが、妻を救うにはやるしかない。私は覚悟を決め、術を開始した。
それは、決して簡単なものではなかった。予定していた時刻を大きく上回り、私は18時間もの間魔法を繰り出し続けた。
「……アルフレート、さん?」
術を完遂した数時間後、彼女は眼を覚ました。まるでただ眠っていただけかのように、普段の朝を迎えただけかの様に、穏やかな目覚めだった。肌は程よく赤らんで、顔にはハリが、声は枯れていない。そんな彼女を見て、私は思わず涙を流す。
しかし、何もかも無事とはいかなかった。といっても、彼女は万事健康。無事でなかったのは、私の方だ。
無理して術を行ったために、体内の魔力器官が完全に破壊されて一切の魔法が使えなくなったのだ。まあ、ミレーナを救えたのだから、そのくらいの代償は構わない。
その後、私は術を論文にまとめて発表した。
『不死化魔法』。永遠の命を持つ存在、リッチとなる術だ。
その功績によって私は皇帝から勲章を賜り、アルフレート・フォン・ライヒナームとなった。
だけどどんなに研究を続けても、莫大な魔力消費の問題は解決できなかった。あの術は、帝国一の魔法使いであったアルフレートさん以外には到底できないものだった。
「ただいま。今日は街へ行って、お花を買ってきましたよ。よく見える場所に置きましょうね。そういえば今日、びっくりすることがありました。街の男の子に告白されたんです。あ、もちろん断りましたよ。私はまだあなたのことを愛しているんですから。まあ、リッチとしての威厳を保つためにも、この長い長い恋は誰にも言えませんがね。そのせいで断り方はひどいものになってしまいましたが……。あれだけ言っておけば、300年前の私でもない限り諦めてくれるでしょう。私はまだしばらく『エミリア・ライヒナーム』でいたいんです」
そう言って、私は買ってきた花を彼のお墓に備えた。
高貴なリッチは少女の誘いを断ります。 葉式徹 @cordite
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