ぴったりな賃貸

結騎 了

#365日ショートショート 176

「こちらのお部屋はいかがでしょう。とにかくお値段重視、とのことでしたので……」

 不動産屋の営業マンは、今にも倒壊しそうなオンボロのアパートに夫婦を案内した。

「へぇ、家賃はいくらかしら」

 内装をあらためながら夫人が聞いた。

「そちらの資料の通りです。相場の半分以下と、とてもお安くなっております」

「素晴らしいじゃない」

 夫人の後ろを、顔をひきつらせた男性がついて回っていた。やけに背中が丸く、バツが悪そうな表情をしている。

「いかがでしょう、ご主人。先ほど、実際に住まれるのはご主人だと伺いました。今回は単身赴任先のアパートということで宜しかったですよね」

「は、はあ……」

 どうにも反応が鈍い。下ばかり向いていて視線が合わないではないか。営業マンはいぶかしがりながらも、場の主導権を握る夫人に向き直った。

「率直に申し上げまして、家賃ありきの内容です。築三十年の木造建築、唯一の窓は北向き、風呂トイレは一緒、窓の外は墓地、シロアリ対策も間に合っておらず、近所には暴力団の本部もあります。一般的には極めて不人気とされるお部屋です」

 彼のモットーは、客に正確な情報を伝えることだった。

「そうね。ここに決めたわ」

 夫人はさらっと言い放った。

「ええっ、あ、はい。ありがとうございます。し、しかし、なぜ……」

「ここなら、誰も好んで寄り付かないもの。ねえ、浮気常習犯さん?」

 視線の先の男は、より背中を丸め、目を伏せていた。

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ぴったりな賃貸 結騎 了 @slinky_dog_s11

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