第十二話 古き友との決別
「行っちまったか」
将吾は汗を拭う。
「ああ、ついさっきな。将吾おまえ、あいつらと関わりがあったのか」
和光は言った。
「ダンの野郎と少しな。渡したいものがあったんだが、まあいい」
将吾は振り返ると村の方へと歩き出す。
「ちょっと待ってくれ。その届け物、俺たちに任せてくれないか」
シュウが将吾を呼び止めた。
「おまえはゲリラ野営のやつか。届けてくれると言うのなら、ぜひお願いしたい」
将吾はそう言うと、派手な羽織りの内側のポケットから水晶で出来た小刀を出した。
「マキリか」
リコが言う。
「リコ、これがなにか知っているのか」
シュウが驚いた顔をする。
「うん。アイヌ民族に伝わる狩猟や漁に使われる小刀だよ」
リコは自慢げに赤毛を揺らす。
「そうだ。よく知っていたな。俺の祖母の形見だ」
将吾はリコにマキリを渡した。
「いいのか。そんな大切なもの」
リコは水晶で出来た小刀を太陽に透かす。
「ああ、大丈夫だ。あいつはこの先きっとこれが必要になる。なぜかそんな気がした。それじゃ、よろしくな」
将吾は背中を向け村へと歩き出した。
「将吾、政宗を見たか」
和光は将吾の背中に向かって言う。
「知らんな。和光、そろそろ三日経つ。あいつの動きに気を付けろよ」
将吾は背を向けたままに、顔だけを少し和光の方へ向けた。
「分かってる」
和光は言う。
将吾と和光の二人は、あの日の集会所での話しをしていた。なぜなら明日が約束の三日目だからだ。和光はやると言ったことは必ず実行する男。あの時、三人では居たのだが、和光は誰が犯人かしっかりと分かっていた。
「それじゃあ俺たちもここで失礼する」
考え込む和光に対してそう言ったシュウ。
「分かった。同盟の件、森の民の代表として感謝する。有事の際は、いつでも呼んでくれ。ではまたな」
和光は礼儀正しく頭を下げるとその場から離れた。
「ありがとう。ゲリラ王国も、もちろん森の民に協力しよう。リコ、おまえはそれを持ってマイクとダンのところへ向かってくれ。一度俺は部下たちを連れて野営に帰る。二人と合流してゲリラ王国で会おう」
シュウは、和光の背中に向け挨拶をした後リコに任務を言い渡す。
「分かった。必ず届ける」
リコは野営の馬にまたがると、さっそく西の村の方へと進み始めた。
――――皆が解散した後の事、将吾が自身の家の前に到着した時だった。背後から異常な殺気を感じた。
「おい。そこでなにしてやがる」
将吾は振り返らずに背後から殺気を放つ者を威嚇する。
背中に感じる殺気は強く、まるで後頭部に剣先を突き立てられているような気持になった。
将吾の後方に立つ者は深いため息をつくと、かなり離れた距離から将吾の背中に近づいてきた。距離から分かるように、この者の殺気は常軌を逸している。歩きから走りに、徐々に速度を上げると、腰に付けた鞘から
その気配を感じ取った将吾は腰に隠している斧に手をかける。そう。将吾の愛用する武器は斧。柄を短く加工し、将吾の得意とする接近戦に特化させたものだ。
ぎりぎりまで引き寄せる。引き寄せたところで勢いよく振り返り、斧を相手の首に斜め上から振り下ろす。
「首の骨ごと吹っ飛ばしてやる」
将吾は斧の柄を右手で強く握ると、斧を後方に力一杯振る。時が遅くなったような感覚になり、将吾とその者は対面した。
「やはりお前だったか。政宗」
なんと、将吾に刀を振りかざしていたのは政宗だったのだ。持ち主は無表情なのにもかかわらず、振り下ろされる日本刀はニタニタと笑っているように見えた。
斧と日本刀が触れた瞬間に、ほんの少しの無音が広がるとよく鍛えられた鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。二人の周りの空間は揺れ、砂埃を舞い上がらせる。
「将吾。おまえさすがだな。なぜ俺に気付いた」
日本刀の柄を強く握り、斧を食い止める。
「おまえ、殺気が駄々洩れだったぞ。昔からそうだ。おまえはすぐに感情的になる」
将吾は斧の柄を握り直し、足に力を込めると斧を持つ右腕を勢いよく振り上げた。
「くっ」
将吾の馬鹿力に目を丸くする政宗は、そのまま吹っ飛んで行く。
「で、なんだ。俺を殺して俺を襲撃の犯人にするつもりだったか」
将吾は足を広げしゃがみ込むと、政宗を睨みつける。
「そうだ、その通りだ。俺はまだ死ぬわけにはいかない」
「和光なんかに殺されてたまるか」
ゆっくりと立ち上がった政宗は、正体をあらわにした。日本刀を将吾に向けると再び走りだす。
あっという間に、しゃがんでいる将吾の目の前まで来たかと思うと、勢いよく刀を振り上げた。
が、将吾は政宗のくるぶしめがけ斧を振り下ろす。
対して政宗はぎりぎりのところで足を浮かせ斧を交わし、
空中にいながらも、振り下ろそうとした日本刀の軌道を変え、左から右へと振る。
将吾は、一歩下がり刀を寸前の距離で避ける。左手を自分の腰に添え、隠してあった二本目の斧を握ると、政宗の首に斧の背を突き立てた。
そのまま政宗を地面に押し倒す。
「おまえは俺に勝てない」
政宗の耳元でそう呟く。
「なぜこんなことをした。なぜ和光を裏切るようなことをした。おまえの師だろう」
将吾は呆れたように政宗に問いかけた。
「そんなの簡単だ。この国がほしかったからさ。マーフ王国、今じゃ中身がガタガタらしい。この村でゲリラたちとウエストランドをぶつけることに意味があったんだ」
「意味ってなんだ」
「ゲリラだかなんだか知らんが、マーフ王国はマーフ王国だろ。中央の人間がウエストランドと戦闘と言ったら、それはもう奇襲と変わらないもんなあ」
政宗の口角は吊り上がった。
その瞬間、将吾の左腹に冷たいものが食い込む。
マーフ王国 ~運命に逆らう独りの物語~ SpaceyGoblin @spaceygoblin
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