第八話 混乱するダンの記憶


「裏切ったのは、どっちだ。と、言っても口を割らないだろう。おまえらはよく知っているだろうが、俺はハッキリしない事が嫌いでな。三日だ。三日後に名乗り出なければ、二人とも処刑する」


 和光は冷たい視線を二人に向けた。


「ちょ、ちょっと待って下さい和光様。それはあんまりでは。そもそも私たちどちらかが裏切った証拠があるのですか」


 政宗は立ち上がる。


「森の民への奇襲には政宗、おまえの部隊を行かせた。そして奇襲の報告も政宗、おまえからだ。俺が殺したおまえの部下からの報告だったと言っていたな。事実確認はしたのか。証拠云々の前に反省すべきところがあるのではないか」


 和光は政宗を睨みつける。


「くっ...」


 政宗は黙り込む。


「いよいよ、怪しいなあ。和光、犯人はこいつだろう」


 将吾は言う。


「おまえ、将吾。和光様の前で、そんなことを。許さんぞ」


 政宗は将吾を睨んだ。


 集会所の雰囲気は、最悪だった。


「おまえら、うるせえぞ。今すぐ殺してやろうか」


 和光は低い声を出す。


「もういい、今日は解散だ」


 政宗と将吾は、同時に立ち上がると、集会所を出ていった。


その頃、牢屋にいるマイクとダンは。


「起きろ、ダン。おい」


 マイクは必死にダンを起こす。


「ん、なんだ。俺気絶してたのか」


 ダンが目を開く。


「おまえ、大丈夫か。長い間気絶してたんだぞ」


 マイクは言う。


「俺が。いや、今さっきまで王国に」


 寝ぼけた声でダンは言う。


「何言ってんだよ。ほら、急げ。今がチャンスなんだよ」


 マイクは牢屋の扉を指差す。


 和光が焦って出ていったため、扉の錠は開いたままだったのだ。


「なんだってこんな場所に」


 ダンは今の状況を理解出来ていないようだった。


「今までのことは、移動しながら話す。とにかく逃げるぞ」


 マイクがダンの手を引き、立ち上がらせ扉に向かう。


 起き上がったばかりで、まだフラフラしているダンの手を無理矢理に引き、扉まであと少しのところだった。


「よお、おまえらどこに行くんだ」


 最悪なタイミングで和光が戻ってきた。


「ちっ」


 マイクは舌打ちをし、和光を睨みつける。


「なんだよ、その目は。お、起きたのか。そこの奴」


 和光はニヤニヤとした顔だ。


「おまえ、さっきはよくも」


 ダンは今にも和光に飛びかかりそうだった。


「まぁ、待てよ。おまえらちょっとこい」


 和光は先程とは態度が急変、敵意が消え穏やかな表情になっているのだ。


 マイクとダンは、お互いの顔を見合わせた。


「罠かもしれないが、ここから出れるなら」


 マイクは和光に向かって言う。


「とにかく来いよ。大丈夫だから」


 和光は二人にそう言うと、スタスタと歩いて行く。


「行くぞ、ダン」


 マイクとダンは、疑いながらも和光の後についていくのだった。


 しばらく泥濘む地面を歩く二人。到着した場所は、物凄く大きな建物だった。

 木造建築のまるで、お寺のような造り。もちろんマイクとダンは初めて見た建造物のため、驚きが隠せなかった。


「うお、なんだこれ。すげぇ」


 マイクは目を輝かせた。


「木造なのに、この繊細な造り。すごいなマイク」


 ダンも感動している。


「おまえらの国にお寺はないのか?マーフ王国は、木造の建物がほとんどだと聞いたぞ」


 和光は木の階段を上がりながら言う。


「確かに木造の建物がほとんどだが、こんなに精密な建造物は初めて見た。腕の良い建築士がいるのか」


 マイクは聞く。


「いや、今はいない。この建物は随分昔に建てられたんだ。今でも形を保っていられるのは、昔の職人の腕のおかげだろうがな」


 和光は遠い目をして言った。


 三人は階段を上がり切ると、和光は襖を開けた。中を見ると、綺麗な畳が敷かれ、清潔な木のテーブルに三人掛けの牛革のソファが二つ向き合っていて、奥の方に立派な掛軸がある。筆で『色即是空』と書かれていた。無駄な物のない落ち着いた空間からは、どこか懐かしい雰囲気を感じる。


「まあ、座ってくれ」


 和光はソファに二人を座らせる。


「なんだよ。改まって」


 ダンは和光に睨みをきかせた。


「そんなに威圧的な態度はやめてくれよ」


 和光もソファに腰掛けると腕を組んだ。


「ダン、落ち着けって。おまえどうしたんだよ。こいつの話を一回聞いてみよう」


 マイクは、気が立っているダンを落ち着かせた。


 針葉樹の森で迷子になった辺りから、ダンの様子がおかしいことにマイクは気付いていた。

 マーフ王国にいた頃のダンの性格は、至って温厚で、争いなど好まないタイプだったはず。


「本性が現れたな、おまえ」


 和光はニヤつく。


「なんの話だ」


 ダンは腕を組む。


「そのうち自分で気付くだろう」


 和光は意味深な言葉を言うと、話を続けた。


「今回の襲撃は誤報だった。思想の近いおまえらの国とは争うつもりはない」


 和光は言う。


「争うつもりはないって言ってもな、もう始まってるぞ。明日の朝にはゲリラ王国の増援が来るはずだ。今からあいつらを止めることは出来ない」


 マイクは言う。


「え、、あ。マイク、今は何回目だ」


 ダンが突然話しだした。


「なんだよ、突然。何回目ってなにがだ」


 マイクは隣に座るダンのほうを向く。


「...いや、なんでもない」


 少しの沈黙のあと、ダンは黙り込んでしまった。


「そうか。それなら、俺たち森の民がおまえらに手を貸すというのはどうだ」


 和光はダンを見たが、会話を無視して続けた。


「森の民が俺らに力をだと。ゲリラ王国にか」


 マイクは目を丸くする。


「そうだ」


 和光はお決まりのニヤケ顔をした。


「森の民の戦力はどのくらいだ」


 マイクは和光に質問する。


「それは言えない。まだお前らが味方になったわけじゃないからな」


 マイクは頭を抱えた。

 答えを出すまでの時間がなさすぎる。


「ダン、おまえはどう思う」


 マイクはダンに聞く。


 だが、ダンはなにやらブツブツと独り言を言っているだけで、マイクの話などまったく聞いていなかった。


「おい、ダン」


 マイクはダンの肩を叩く。


「あ、すまん。なんだっけ」


 マイクを虚ろな目で見るダン。その瞳の奥は濁っていた。

 





 

 

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