第七話 誤報
「おまえ、名前は」
和光が、牢の壁に寄りかかりながら聞く。
「俺は、マイクだ」
「なあマイク。あいつら、おまえの仲間だったのか」
「そうだ」
マイクは、壁から離れ、体制を立て直す。
「そうか。あいつらは、お前ら二人を助けにくるんだろ。なぜ、危険を犯してまで戻るんだろうな」
和光は、なにかに勘付いているようだ。
「そんなこと、俺が知るわけないだろう」
すると和光は、壁から離れ、柄に手をかける。
「どっちだ。どっちを助けにくるんだ」
今にも刀を抜こうとする、その仕草にマイクは硬直し、汗を一筋流した。
この牢は、蒸し暑く、常に緊張しているマイクの体力を徐々に奪ってゆく。
「言う訳ないだろ。口を割ったなら、俺かダン、どちらかが、そいつみたいになっちまうんだろ」
マイクは、血の海に沈む男を見る。
「だよな」
和光はそう言って、柄から手を離すと、腕を組む。
「ゲリラ王国について、詳しく聞かせろ。俺ら森の民と似た思想ならば、おまえらを殺す意味はない」
和光が、柄から手を離すのを確認すると、マイクは、肩の力を抜き、話し始めた。
「ゲリラ王国は、マーフ王国を壊滅させるために、建国された。うちのボスの考えは、奴隷のように扱われているマーフ達を、解放し、国を一つにすることだ。最近の、マーフ王国の治安は、徐々に悪化し始めている。ゲリラ人としての血が混ざっているだけで、差別されるようになった」
マイクは、拳を握り、まっすぐに和光の目を見た。
「おまえは、どうしたいんだ」
和光が、聞く。
「俺は、俺はもちろん、ボスと同じ考えだ」
「そうか。そうなのか。なあ、おまえ。嘘つくの下手だろ」
和光は、ニヤリとした。
「え」
突然の和光の言葉に驚くマイク。
「マイク。おまえも、強い思想があるな」
「なんの話だ」
「いや、なんでもない。とにかくゲリラ王国は、我らの敵ではないらしいが、先日の騒動の説明をしてもらおうか」
「先日の騒動って、あんたら森の民が、突然奇襲をかけてきたって言う、あれか」
マイクは、シュウに言われたことを思い出した。
「おい。なにが突然だ。我ら森の民は、おまえらの奇襲作戦を、耳にし突撃したのだぞ」
和光は、足を一歩前に、強く踏みつける。
二人の間に、少しの沈黙が流れると、どちらの額にも、雫のような汗が浮かび上がる。
「突然の奇襲、なにか理由があるはずだと思っていたが、まさかそんな。この争いは、誤報...」
マイクは俯き、地面に汗を落とす。
すると突然。
「用事ができた」
和光は、牢からものすごい速さで出ていった。
それもそのはず。
【誤報】
それを、ただの間違いで終わらせてはいけない。誤報を行った可能性として、二つ挙げられる。
一つ、伝達ミス。
二つ、内通者。
この二つの、要因の中のどちらか一つが、この集落に、存在していることになるのだ。
和光が、焦って牢獄を飛び出した理由は、二つ目の可能性の種を、早急に潰さねばならないと感じたからである。
「おい、お前。政宗と将吾を、集会所に連れてこい」
和光は、川で釣りをしていた民に言う。
「は、はい」
釣りの男は、浮きを揺らす振動を諦め、急ぎ足で二人の家を回る。
森の民の重要人物は三人。
和光、政宗、将吾だ。
和光は、先に集会所の中に入った。そして、大きな丸太のような机の上座に腰掛ける。
まだか、まだかと貧乏揺すりをする和光は、苛立ちが全面に出てしまっていた。
「お待たせしました。和光様」
ダンとマイクを、再度牢獄送りにした男が集会所に入ってきた。
「政宗、遅いぞ。将吾はどうした」
和光が、政宗と呼ばれた男に問いただす。
「まもなく到着する頃だと思われます。突然の襲撃からの召集でしたので、将吾の部隊は大変混乱しているようです」
政宗は淡々と答える。
この男政宗は、森の民の二番手。
和光の右腕であり、直属の部隊の長。そして、弟子である。容姿には常に気を使い、清潔に保っている。
政宗は、髪を整える仕草をすると、和光から見て、斜め右向いに腰掛けた。
「これだから襲撃などされるのだ」
和光がため息を吐く。
「悪い悪い、ちと遅れちまった」
まもなく将吾が集会所にやってきた。
将吾は、鷲や虎の刺繍の入った、奇抜な着物を常に羽織っている。体格が良く、高慢な性格の彼からすると、こういった柄にこそ、品があるらしい。
ただ、将吾の寝起きのような髪には、品など造作も感じなかった。
「遅いぞ将吾。和光様がお待ちだ」
政宗は机の上で手を組み、将吾を一喝する。
「襲撃の後に召集かける奴があるか」
将吾は、和光の左斜め向いに腰掛ける。
「単刀直入に言う。この集落にスパイがいる」
和光の声が集会所に響き、空間が姿勢を正した。
「スパイだと」
将吾は首を傾げる。
「そうだ。今回の野営からの襲撃情報、これが誤報だということが判明した」
和光は腕を組みながら、二人の顔を交互に見た。
「誤報、情報を伝達したものが怪しいですね」
政宗は顎に手を当て、考える素振りをした。
「情報伝達してたのは、おまえんとこの部隊の奴だっただろう」
将吾は、ニヤニヤしながら政宗の方を向く。
「そうだが。本人に確認を取らねばなんとも言えない」
政宗は、将吾の方を一切向かずに答える。
「そいつなら俺が片付けた」
突然和光が口を開く。
「片付けたって...」
政宗は驚き立ち上がると、和光がそれを遮って話し始めた。
「おまえの部下がスパイだったことは薄々気付いていた。今回の件ではっきりしたまでだ。俺がおまえらを集めたのは、そんな理由ではない」
和光が目を瞑り、一呼吸置く。
「裏切ったのは、どっちだ」
和光の低い声は、二人の鼓膜を振動させ、脳を揺らした。
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