第三話 針葉樹の森の、黒い獣
「こ、これは」
マイクとダンは、目の前の『牛の大群』に驚きを隠せなかった。黒、茶色、白、まだら模様、沢山の色の群れだ。
近付けば近付くほど、数が増えたように錯覚し、鳴き声も共鳴し、大きくなってくる。
「牛の大行進だ」
マイクは目を、皿のようにし、口角が上がっていた。
「す、すごい」
ダンは息を呑む。
二人に気付いた牛の大群の何匹かは、こちらを見つめるが、とくに逃げようともしなかった。
人に慣れている可能性がある。
「牛の糞から、幻覚キノコが生えるんだ。これだけの量の牛が、ここにいるとゆうことは、今後この場所に、幻覚キノコが大量発生するだろう」
幻覚キノコの価値を知っているからこそのマイクの反応に、ダンの気分も高揚していた。
すると突然、牛の大群がゆっくりと動き、南に進み始めた。
南の島は楽園だと聞く。ダンはこの時、楽園での生活をイメージしていた。
勝手な想像で、勝手な解釈で脳に創造させていた。なぜかは分からない。
牛の蹄が落ち葉を踏み締める音、荒い呼吸、風、獣の匂いが充満し、針葉樹の森の内側をなぞるように、砂埃を舞い上がらせる。
しばらくの間、牛の大行進を見ていた二人は『はっ』と我に返る。
「生き物に呑まれていた」
大きく息を吐くダンが言う。
「確かに呑まれていたな。よし、先へ進もう」
マイクも呼吸を整え歩き始める。
針葉樹の森が深くなるにつれて、太陽の光が徐々に入らなくなってきた。
地面を照らすものがないため、視覚は完全に失われ、歩くたびに葉を潰した音が鳴る。
腕は常に前に出し、針葉樹に頭を打たないよう注意深く進んでいた。
「マイク、本当にこの方向であってるよな。迷子になっていないよね」
「大丈夫、なはずだ。きっと大丈夫だ」
マイクとダンは暗闇に囚われる。眼球は使い物にならなくなり、足の感覚も薄れてきている。
踏み続ける落ち葉の音や、風、微かな動物の声を頼りに前へと進む。
警戒を解き、油断をすれば近くに潜んでいるかもしれない猛獣に、喉仏を食いちぎられるだろう。
自然と呼吸が早くなる二人。
そして、ダンの意識が朦朧とし始めた頃だった。
「ダン、ここで野宿をしよう」
マイクが口を開いた。
「え、こん、こんなとこ、で」
ダンの口はほとんど動いていない。
「仕方ない。体力の限界だ」
マイクは近くの針葉樹にもたれ、そのまま座り込んだ。
その音を確認したダンは、その場に倒れこんでしまった。
「もう、ダメだ」
ダンはそのまま目を瞑り、眠りに落ちた。
「寝るの早過ぎだろ」
マイクはそう呟き瞳を閉じようとした、その時。
耳元で獣の鼻がすすられた。
一瞬にして体が硬直するマイク。今動いたら確実にやられる。
ゆっくりと目玉だけを左に向けると、獣の、明るく緑に光る二つの玉は、こちらではなく、ダンのほうへ向いていた。
《まずい、ダンが食われる》
心の中で叫ぶマイクの声、マイクは必死に、今の状況を打破する方法を考え始める。
《掴みかかるか。いや、力負けする。あの目玉を潰す、いやいやその前に腕を引っこ抜かれる。いっそのこと、運に任せてみるか。って馬鹿か俺は。それならどうしたら...》
必死に考えるマイクは、突如なにかを閃き、ゆっくりと息を吸う。
決して気付かれないように、慎重に。
肺に入りきらないほどの酸素を溜め込むと、獣に負けずとも劣らない、とんでもない大声を出した。
獣はその声に驚き、物凄く俊敏に、一瞬にして、あっという間に消え去った。
「なに、どうしたの。なにがあったの」
突然の怒号に飛び起きたダンは、現状を理解しようとする。
「獣だ。俺たちが眠るところを狙っていたのだろう」
「まさかそんな。動物はそんなに知能が高いのか」
「野生の勘だろう、いや、もしかしたら、知能の高い動物だったのかもしれない」
「クソ。このままじゃ眠れない」
ダンの体は、限界を超え、小刻みに震えてきた。
「仕方ないが、進むしかないようだ」
マイクは重い体を起こし、西へと歩き始める。
ダンも、その後を追うが、足はふらつき、今にも倒れてしまいそうだ。
再度、暗闇に囚われた二人は、お互いの呼吸の音だけを頼りに、孤独ではないことを確認する。
一歩ずつ一歩ずつ、前に進むのだった。
しばらく歩くと、マイクは違和感を覚える。
「なあダン、」
「道を間違えたかもしれん。」
「うそだろ...」
「すまない、俺の感覚では、もうまもなくゲリラの野営に到着しているはずなのに、一向に到着する気配がない。どこかで方向を間違えてしまったのだろう」
針葉樹の森での遭難となれば、一大事だ。この森での行方不明者は、後を絶たない。
一度迷いこんでしまえば、生きて帰ることは出来ないと言われているのだ。
マイクの声を聞いたダンは、全身の血が凍り付いた。
ダンですら、針葉樹の森の話を知っていたからだ。
「そんなこと言ったって、どうするんだよ。だから手ぶらなんかで入るのは大丈夫なのかと確認しただろう」
ダンは、頭を抱え怒り始める。
「すまない。だが遭難に関しては今日が初めてなんだ。今までこんなこと、なかった。あるはずがなかったんだ」
「あるはずがないって、どういうことだよ」
「いや。なんでもない。とにかくこの場で、じっとはしていられない、進むしかないんだ」
「進むって言ったって、もう足は動かないし、喉だって乾いた。もうどうすることも出来ないよ」
弱気になってしまったダンは座り込んでしまう。
「ダン、立て。猛獣が、またどこからか来るかもしれないんだぞ」
マイクが大声を出したその時だった。
ポツポツと、二人の周りに松明が灯る。
マイクは、その場にあった木の枝を構えると警戒態勢に入った。
「囲まれた」
緊張を緩めてはいけない。
解決の糸口を探すんだ。
こいつらは、ゲリラ王国の民ではない。
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