第二話 幻覚キノコが通貨になる国


「これ、実は幻覚キノコなんだ」


 マイクが言う。


「幻覚キノコ...」


 ダンは余計分からなくなってきた。


「ゲリラ王国での通貨は、このキノコ。みんな幻覚に価値を見出してきてるんだ。マーフ王国から解放されたマーフ達は、ここでキノコを食い、芸術を爆発させている」


 マイクは説明を続ける。


「幻覚キノコを食べているからこんなにもカラフルで、色鮮やかな国になったんだろう。芸術家たちは、マーフ王国で芸術を制限され自由を奪われた。そんな彼らからしたらここは天国なんだと思う」


「へぇ。こんな世界もあるのか。全然知らなかったよ」


 ダンが言う。


「おまえとは古い付き合いだけど、俺は純血のゲリラ人で、お前は純血のマーフ人だったからな。信用できるようになるまでは、なにも伝えることが出来なかったんだ」


 マイクは申し訳なさそうにダンに向かって手を合わせ、頭を軽く下げる。


 二人が話しながら歩いていると、遠めにマイクの家が見えてきた。

 マイクの家も石で作られていて、入口には木で出来たポストが設置されていた。


「木もあるじゃん」


 ダンがポストを指す。


「最近は徐々に木も取り入れられてきてるんだよ、やっぱり加工が簡単だからな」


 マイクはそういうとポストの中を覗き一枚の手紙を取り出しポケットにしまった。


 マイクに案内され、カーテンをくぐり家に入ると、奥の方にひときわ目立つキノコの群集が見える。


「これが全部通貨になるってことかよ」


 ダンはキノコに近付く。


「そうゆうことだな。自分で食べればトリップするし、食べずにいれば通貨になる。使い方次第ってとこだな」


「マイクはこれ、食べたことあるのか」


「当たり前だろ、大人になるための通過儀礼みたいなものだよ」


「なにいってるの。まだ僕たちは子どもだろ」


「そうか。なぁダン、おまえが思う大人ってなんだ」


「僕が思う大人か。それは...十八歳を過ぎた人達のことかな」


「そうか。それなら年齢とゆう概念がなければどうだ」


「うーん。子どもを授かったら」


「じゃあ、長く生きていても子どもがいないのなら、大人じゃないってことか」


 マイクは椅子に腰掛ける。


「難しいよ、教えてくれよ」


 ダンは、頭を掻き、向かいの椅子に腰掛けた。


「儀式があるんだ」


 マイクは、一度立ち上がり、キノコの群集から一つ切り離し、再度椅子に腰掛ける。


「儀式って、あの儀式...だよな」


「そうだ、儀式だ。マーフ王国の東の外れに、シャーマンが住んでいる。大人になる方法なら彼に聞くのが一番だ」


「僕、行ってみたい」


「行ってみるか。これ、持ってろ。シャーマンのジジィに渡すぞ」


 マイクは、キノコをダンに渡す。


 ダンとマイクは立ち上がり、入口のカーテンをくぐると、目の前にはレオが立っていた。


「やっぱりここにいたか。解放リスト持ってきたぞ」


 レオはそうゆうと紙の束を、マイクに渡す。


「今回は多いな、マーフ王国もそろそろヤバくなってきたってことか」


 マイクは、解放リスト一枚一枚に目を通しながら言う。


「そうゆうことでもないだろう。ただゲリラ王国の噂が広まりつつある。逆を言えば、この場所がバレるのも時間の問題だろう」


 レオが言った。


「なにがどうなってしまうの」


 なにも知らされていないダンは、不安になり、二人の顔を交互に見る。


「俺らの住む世界は、変わりつつあるってことだ」


 マイクは言う。


「もちろんダンにも手伝ってもらうんだろ」


「ああ、これだけの量の解放リスト、一人で捌くのはもったいない」


「よし、ダン。初仕事だ」


 レオはダンの肩を掴む。


「え、僕に出来るのかな」


 ダンの不安そうな様子を見たマイクが言う。


「大丈夫だ。俺もついてるし、そんなに難しいことじゃない。ジジィに会いにゆくのは、落ち着いてからにしよう」


「それじゃあ頼んだぞ、報告はうちまでよろしく頼む」


 レオは二人に背を向け、王国の奥の方へと歩いていった。


 マイクとダンは、レオの背中を見送るとゲリラ王国の入口まで歩き始める。


「まずは、このマーフからだ」


 マイクがダンに見せた資料の内容はこうだ。


『名前 フデ』

『性別 男』

『年齢 20代後半』

『芸術性 油絵』

『所在地 マーフ王国西の村 麻の民泊』


 ダンは、資料を受け取るとじっくりと内容を確認する。西の村に行ったことはないが、西の村では激しい争いが続いていると聞く。

 そんな村に、これから足を運ぶことになり、少しだが怖気づくのだった。


「この村って、争いが多発してるって聞くけど、大丈夫なのかい」


 ダンが聞く。


「大丈夫かどうかは、行ってみないと分からないだろ。あまりにも酷かったら引き上げるし、そうでもなかったら、その時はチャンスだ」


「そ、そうだね」


 ダンはなにも言えず、マイクの後をついて行く。


 入口まで来た二人は無言で石の階段を上がる。

 その空間では、マイクにもダンの不安が移ってしまったように感じられた。

 川の畔に出た二人は、マーフ王国の中心地方面には向かわず、そのまま西に向かう。西の方面には、背の高い針葉樹が生い茂り、壁のようになっている。

 この針葉樹のおかげで馬を走らせることが出来ず、マーフ王国の中心地とは、直接的な争いには発展しないのだ。


「これって、針葉樹の森を抜けるってことだよね」


 ダンが言う。


「そうだ。途中野宿することになるが、こんなことザラにある」


 マイクはスタスタと針葉樹の森へと向かってゆく。


「準備とかは平気なのかよ。僕たち、なにも持ってないけど」


「大丈夫だよ。おまえ心配しすぎだよ、針葉樹の森には、ゲリラ王国の人間が野営している。半日も歩けば着くだろう。それまでに日が暮れるはずだから、野宿といっても少し眠るくらいだ。特別な準備はいらない。よし、入るぞ」


 マイクは、森の針葉樹の一本に手を付けると、うねうねと続く針葉樹の隊列を歩き始める。


 その後ろを、はぐれないようについて行くダンは、緊張のためか脂汗をかいていた。

 ダンは今日まで、一度もマーフ王国の中心地を出たことがなく、争いに加担するような事はなかったのだ。

 それが突然、ゲリラ王国に行き、今は紛争地の西の村に向かっている。

 ダンの精神状態は、決して良いものとは言えなかった。


 しばらく歩くとマイクが立ち止まった。


「ダン、上を見てみろよ」


 マイクは振り返り上を指差す。


「上...」


 ダンが言われた通りに上を向くと、空を覆う針葉樹の葉がサラサラと揺れていて、視覚的にも聴覚的にも森と一体化したような感覚になった。

 葉の隙間から漏れ出る光は、ダンに優しく降り注ぎ、心すらも暖かくさせるのだった。


「針葉樹の森は、怖いところだと思ってた」


 ダンは空を見ながら言う。


「知らないから怖いのさ。知ろうともしない人間は、この森が一生怖いものなのだろう。こんなにも美しく、神秘的なのに」


 マイクも空を見上げる。


「マイク。今なにか聞こえなかったか」


 ダンが突然辺りをキョロキョロと警戒し始めた。


「ん、なんだ」


 マイクは目をつぶり耳を澄ます。


 進行方向のずっと奥の方で、なにやら音がするのを察知すると、マイクも警戒態勢に入った。

 二人は、背中を合わせ、ゆっくりと音のする方へ近付いてゆく。

 ゆっくり、ゆっくりと慎重に。



「こ、これは」


 マイクとダンは、目の前の光景に口を開き、圧倒された。

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