第一章 第一話 ゲリラ王国
「なぜマイクはこの国でゲリラ戦なんてしてるんだよ」
青いローブを身に纏い、うねうねと伸び切った赤毛で、肌の白いダンは、木製の椅子の背に両腕をかけ言った。
「そんなの決まってるだろ。マーフを奪い合う奴らがいるのさ、マーフは争いの種なんだ」
ダンと同じ青いローブを纏い、黒い髪を編み込んだ黒い肌のマイクが、汚れたトランプを切りながら答えた。
マイクはトランプを置くと、ゲリラ人特有の青い目でダンを見つめる。
「マーフ...」
ダンが首を傾げる。
「おまえ、マーフを知らないのか」
トランプを一度テーブルに置いたマイクは、青い目を皿のようにし、ダンに問いかけた。
「そんなの知らないよ、教えてよ」
「マーフっていうのはな、価値を生み出す芸術家達のことさ」
マイクは得意げな顔をするが、ダンはまだ首を傾げている。
「そうだな。分かりやすく言うと、この王国の価値は紙幣でも、金でもなくなっただろう。だから、この世に一つだけのものが、価値あるものになったんだよ。そいつを生み出す芸術家達のことを『マーフ』と呼んでいるんだ」
マイクの表情は、心なしか曇っているようにも見える。
「マーフを奪い合うってどういうことだよ。人に価値って、まるで奴隷じゃないか」
ダンがぼそりと呟いた。
「そう、俺たちゲリラは、奴隷のようなマーフ達を解放し、このマーフ王国を乗っ取るため立ち上がった」
マイクの目に見えるのは、憎しみと覚悟だった。
「ゲリラっていったいなにをする組織なんだよ」
「気になってきただろう。それなら、一度ゲリラ王国に来てみろよ、良い奴ばかりだぜ」
二人は、ダンの家から外に出ると、街外れの川の畔にある、ゲリラ王国に到着した。入口はとても分かりづらくなっていて、大きな岩がごろごろ転がっている。
なんの変哲も無い岩の下だが、上手にカムフラージュされた、石造りの扉を開き、石階段を下る。
「ねえ、マイク」
石造りの壁を触りながらダンが発した。
「なんだ」
階段を下りながらマイクは言う。
「石で造られてる」
ダンは驚いていた。
なぜなら、この国には石で造られた建造物は、何一つとして存在していなかったからだ。
「すごいだろ。なんでも、この国の外の世界では、木造以外の建造物がたくさんあるらしいぞ」
マイクは両手を広げた。
「本当かよ。いったいどんな建物があるんだよ」
ダンが興奮し、マイクに質問しながら、階段を降りていると、ゆらゆらと揺れる明かりが見え始めた。
「よおマイク、こいつが例の男か」
松明の奥から、ニット帽を目元まで深く被り、黒いローブに身を包んだ男が現れた。
「レオ久しぶり、そう、こいつが話してた奴」
マイクがダンを親指で指す。
「よろしく」
ダンは、レオの格好に首をかしげながら会釈をする。
「よろしく、とりあえずボスのところに行こう」
レオが二人を案内したその先には、中規模の集落が存在していた。
マーフ王国とは違い、青いローブ以外にも黄色いローブや、赤いローブ、そしてローブ自体を着ていない者までいる。
その集落は地上とは違い、全ての建造物が石造りであり、争いの様子もなく、人々が賑やかに過ごしていた。
岩肌は、原色の塗料で塗られ、目がチカチカする。
そのおかげか、街を照らす光は松明だけなのだが、街全体が明るいように感じた。
道では石で作られた屋台が並び、野菜や穀物、豆や肉、沢山の商品が陳列されている。
よく観察してみると、人々はなにかを店主に渡し、それと物々交換をしているようだった。
「なんだよ、ここ。ローブを着ていない人もいるけど、恥ずかしくないのかよ」
ダンは終始驚きを隠せずにいる。
「おまえ、驚きっぱなしだな。ゲリラ王国は、個性を大事にするんだ。ローブを着る着ないも、ここじゃ自由に選択出来る」
マイクは笑いながら説明する。
「それは驚くだろ、初めて見るものばかりなんだから」
ダンの目は輝いていた。
「少しずつここの環境に慣れていけばいいさ」
レオが言う。
三人は賑やかな石の街を通り過ぎ、ボスのいる建物へとやってきた。
家とは呼べないその建物は、大きな岩に穴を開けただけの、まるで洞窟のような物だ。
二十人ほどは中に入る事が出来るだろう。石畳には、緑色の大きな丸いカーペットが敷かれ、生活用品などは見当たらず、ベッドや本棚、どちらかとゆうと娯楽関係のものがメインで置かれていた。
「ボス、連れてきました」
レオがダンを紹介する。
「そいつが例の男か」
ボスと呼ばれるその男は、一人掛けのソファに深く腰掛けながら、口を開いた。
彼はゲリラ人で、真っ黒なアフロヘア。体格が良いのだろう、大きく見える。年季の入った深く青いローブを纏い、青い目でダンを見る。
「ダンです」
ボスの雰囲気に圧倒され自然と姿勢がよくなってしまう。
「マイク、こいつは信用出来るのか」
ボスがダンの顔を舐めるように見ながら言う。
「こいつは俺の古い友人です」
「そうか。それならいい。少し中を案内してやれ」
ボスの表情は、あっさりと和らいだ。
ボスはそう言って立ち上がり、アフロヘアの後頭部を掻きながら石の家を後にした。
「ダン、なんとかなったな」
マイクは笑顔でダンを見る。
「緊張した」
ダンは胸を撫でおろすと、初めて入った石の家を見渡した。
広い天井には松明がぶら下がり、ソファの後ろの壁には美しい油絵が飾られている。
「なんだ。あの絵が気になるのか」
レオはダンに話しかけた。
「見ていると不思議な気分になる。なんとゆうか、ふわふわと体が浮く感覚、脳の片隅で僕じゃない誰かがいるような」
その油絵から目が離せなくなっているダンを横目に、レオが話し始める。
「あの絵はな、ゲリラ人にとっては開放の女神なんだ。苦しみや痛みから解放してくれると言われている」
「まさに俺達にピッタリの絵だろ」
マイクは腕を組み自慢げだ。
「実在したのかよ。その女神は」
ダンはレオの方へ向く。
「さあな、実在したとしても本当に俺達を開放してくれるかは分からない。ただ俺達ゲリラ人は、【解放の女神】にすがっていないといけないのだと思う」
神妙な面持ちでそう語るレオ。
「レオ、俺一度ダンを案内してくるよ」
マイクは言う。
「おう、そうだったな。また後で来てくれ。俺は解放リストを集めてくる」
レオも、絵から目を離すと、部屋の外へと歩いてゆくのだった。
外に出ると、集落のにぎやかな声が耳に入ってくる。
笑い声も沢山の方向から聞こえ、さらには国を囲う石の壁に、大きなハケで色を塗っている者もいた。
「解放リストってなんだよ」
ダンはマイクに歩きながら聞いた。
「ああ、マーフ達のリストだよ。ゲリラ王国がマーフ王国に送っているスパイからの情報がちょくちょく送られてくるんだ。そうやってマーフ王国にいるマーフ達を解放し、ゲリラ王国で匿うんだ」
マイクは話しながら食料品の屋台の前まで来た。
「あら、マイクちゃんいらっしゃい」
黒いローブを着た、屋台の店主のおばさんは挨拶する。
「マイクでいいって。おばちゃん、今日からゲリラ国民のダンだ。よろしくな」
マイクはダンを前に引っ張り出す。
「ゲリラ国民って。まだ決まったわけじゃ」
ダンは振り向きマイクを見る。
「え...違うのかい」
一瞬、おばさんの目の色が変わった気がした。
「おばちゃんなに言ってんの。違うわけないでしょ。ほら。ダン、挨拶」
冷汗をかいているのか、服の袖で汗を拭っているマイク。
「あ、え、よろしくお願いします」
ダンは奇妙な雰囲気に吞まれそうになりながらも、おばさんに向かい頭を下げた。
「ああ、そうかい、そうかい。なにかあったらおばちゃんに言うんだよ」
ダンが頭を上げると、見間違えだったのか、おばさんの目は元の状態に戻っている。
マイクはおばさんの店で、蒸かし芋を二つ買うと、ポケットに手を入れ、おばさんに、なにかを渡した。
先ほどから気になっていたダンは、その物をじっと見つめる。
「そんなに気になるのか。歩きながら教えてやるよ」
マイクはダンに向けて言う。
そして、おばさんの店を後にした二人は、マイクの家に向かい歩き始めた。
「で、さっきなにと交換したの」
ダンがマイクに聞く。
「これだよ」
ポケットからマイクが取り出した物体をまじまじと見つめるダン。
よく目を凝らしても、いったいなんなのかがわからない。白いとゆうより薄いクリーム色で、分厚い円盤のようなものだ。
大きさは丁度親指と人差し指で、円を作るくらいの大きさ、重さはほぼ感じず、臭いも無臭に近かった。
「なんなのこれ」
いくら考えようとも答えが出ないダンはとうとう諦めた。
「これ、実は幻覚キノコなんだ」
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