終話「アランの優雅な日常」
魔女の胴体から分け離れた首。それはコロコロと床に転がる。
「ウソ・・・。斬られた?なんで??・・・あ、そういうことか。ハハ。ハハハハ。ドジっちゃった」
「アランさん!」
「よくやった!よくやったのだレイラ!」
「でもアランさんが!」
「いいのだ。某は思い残すことはないのだ。某が育てた弟子が、某と大切な仲間の仇を取ってくれた。満足なのだ。もうじき、魔女が絶命し魔力が切れたら、このぬいぐるみの身体は元の身体に戻ろう。そして某は死ぬのだ。短い日々だったが、世話になったのだ。レイラとの時間、楽しかったのだ」
「アランさん・・・」
レイラの顔は涙でグシャグシャだ。
「これからは幸せに生きるのだ。幸せに」
「・・・無理です」
「無理なんてことないのだ。レイラはまだ若い。これからはいくらでも」
「違うんですアランさん。私、アランさんより、年上なんです」
「・・・はい?」
「私の家名を言ってませんでしたね。私の名前は、レイラ=ロルスです」
「“ロルス”。はて。どこかで聞いたような気が」
「アランさんのいつものジョギングのコース。サン・ロルスの廃墟を通って、ミスタービャ橋を渡りますよね。あの廃墟が、私たちの家族が住んでいた城でした。100年前に、滅んだ」
「滅んだ・・・のだ?」
「私、幽霊なんです」
「な、なんですとぉー!?」
「いつも橋の近くで剣の稽古をしていたと、私言いましたよね。アランさんが日課で私を見かけなかったのも、無理はありません。私の姿、普通の人からは見えませんから。アランさんがぬいぐるみになってくれて、気づいてもらえて、私嬉しかった」
「ぬいぐるみにされたことで、そなたの気配を感じられるようになったのだ?では、そなたが魔女にとどめを刺した剣は」
「あれも私の一部。霊で作られた剣」
「あの魔女は“フツーの剣”では傷をつけることができないのだ。なるほど。霊の剣なら、フツーではないから、魔女に触れられるのだ」
「私の遂げたかった目的は達成されました。私も、もうじき消え失せるでしょう」
「皮肉なのだ。せっかく魔女を倒したのに、挑んだ某らが全滅なのだ。ははは」
「そうは、させません!」
「何か策があるのだ?」
「私、お裁縫は得意なんですよ!」
レイラは魔女の首に近づく。
「まだ生きてんでしょ?」
「してやられちゃった☆でもどうせみんな死ぬ。良かったね☆」
「そうはさせないんだから」
レイラは魔女の頬をガシリと掴み、無理矢理口を開けさせる。
「お、お前、何を」
「これでも喰らえ」
拾い集めた魔法の剣の欠片。粉々になった欠片を、レイラは無理矢理魔女の口に突っ込む。
「ほごっ、ふがふがふが」
「これで魔法の力が少しは維持できるでしょ?」
「はんひんははふへ!!(残忍なやつめ)」
「アンタには負ける。・・・待っててアランさん。私があなたの身体を縫い合わせてあげるから!!」
********************
アラン=マスキールの朝は、一杯のアイスコーヒーから始まる。南国ポスカーラで採れた上質な豆を挽き、北国ノリッソで削り出された天然氷と合わせる。緻密な色彩装飾で有名なテリスガルドの陶器で飲み干し、そして森の中に設(しつら)えた台座の上で、瞑想するのだ。30分ほどそうした後にトレーニングに出る。魔王の配下、四天王が復活した場合に備え、鍛錬を欠かさない。愛剣“ドーンレス”を腰にさげ、森を出てサン・ロルスの廃墟を通る。そこに備えた、親友と新たな友の墓に話しかける。そしてミスタービャ橋で剣を振るい、アンの町に入る。いつものように、ローズ婆さんの手伝いをし、町を外周してからモロモロ山に登る。そして帰り道で、再びサン・ロルスの廃墟にてコーヒーを飲む。それが、彼の優雅な日常。
――否。
「某の力を必要としている者が、どこかにいるかもしれないのだ。さぁ、行くとするのだ。某の、新しい日常を見つけに行くのだ!」
そこそこ名高い剣士、アラン=マスキールの旅路が、ここに始まった。
アランの優雅な日常・・・壊れる ぶんぶん @Akira_Shoji
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