第6話「 高萩祥子 」

「 まず…貴方のお名前は? 」


詩子は席に座れば、いつものように足を組み、手帳を広げて、正面に座っている気弱そうな女性店員を眺めた。


高萩たかはぎ祥子しょうこです…。 」


祥子は自分の名前を小さく呟く。随分と臆病な人のようだ。


「 じゃあ高萩さんね。…それで…」


詩子は手帳の端に「 高萩祥子 」とメモを書くと、祥子を冷たい目で見つめた。


なんだか、祥子が幸人と同じような部類の人間の香りがしてならないのだ。


「 本題だけれど、セナという店員について、教えてくれないかしら? 」


祥子はそれを聞くと、おずおずと書類を詩子に差し出してきた。


詩子が不思議そうにしていると、祥子はそれを見てゆっくり口を開く。


「 雪奏さんを雇った時に頂いた個人情報の用紙です…。そこに大体は乗っているかと…。 」


“ 後のことは、あまりよく知りません… ”と付け足すと、祥子は申し訳なさそうに項垂れた。


詩子は祥子を一瞥すると、書類に手を出した。


名前は勿論、出身校や経歴、バイト経験まで事細かに書き記されている。


セナ、は雪奏と書くらしい。随分強引な当て字だな…と思いつつ、資料のページをめくった。


その時、詩子の手はぴたりと止まった。


「 …この空欄は、何? 」


詩子が祥子に指し示したのは、“ 続柄 ”の部分。


ここには恐らく過去の家族や恋人関係、兄弟を書く欄であろうが、何故か空白なのだ。


たとえ、彼女が孤児院育ちだとしても、ここには孤児院の場所が書かれているはずである。


詩子の指摘に、祥子はあからさまにしどろもどろになった。


「 ぁ…えと…それ、は… 」


先程以上に挙動不審になり、目は泳いでいる。


「 高萩さん?どうしてかと聞いているんだけれど? 」


詩子が解答を促すと、祥子は観念したようにため息をついた。


「 私が…消しました。 」


「 は? 」


思わぬ解答に、間抜けな返事が出てしまう。


自分で消した…?どういうことだ?何故消す必要がある?


「 だって…雪奏さんは私のものだもの。 」


祥子のその言葉に、詩子は背筋が凍る思いをした。


ひやりとした冷たい声。やけに黒光りして見えるショートボブの髪。


「 …どういうことかしら。 」


詩子は冷静さを保ちつつ、祥子にそう問いかけた。


祥子は冷たい笑みを浮かべると、ハイライトの消えた瞳で詩子のことをじっと見て、口元を歪めて笑った。


「 私は…雪奏さんが大好きです。大好きで大好きで大好きで大好きで堪らない…。だから…過去なんて、恋人なんて、家族なんていらない…私がいれば…それでいい…雪奏さんには…私が、いれば…それで… 」

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