第5話「 店員 」

「 …暑い。 」


カフェを勢いで飛び出したはいいものの、外は当然灼熱地獄。


普段引きこもりのせいで、こういう気温に耐性のない詩子は、外に5分といればびっしょり汗をかいてしまう。


家までこの地獄の中歩くのは気が引ける。それに、自動車など、詩子には運転できない。


ではどうすればいいのだろうか。


そんなどうでもいいことに頭を使っている時、「 あの! 」と不意に誰かが話しかけてきた。


驚いて振り向くと、そこにはあそこで詩子と幸人の喧嘩(?)を止めていた店員が立っていた。


「 貴方は…セナ、さん? 」


詩子がそう問いかけると、セナは笑顔になって頷く。


「 そうですっ!覚えていてくれて嬉しいです! 」


セナの純粋さにしばらく詩子が呆気に取られていると、セナはくるっと振り返って店の駐輪場を指さした。


「 良ければ、自転車ですが送りましょうか?汗びっしょりですし… 」


詩子はそう言われてはっと自分の服を見た。


汗がしっかり滲んでいて、今にも雫が落ちそうである。


少し運動しなきゃな…などと思いつつ、セナを見ると不安そうにこちらを見ていた。


どうやら心配をかけているらしい。


「 あ…あぁ、大丈夫です。1人で帰れます。 」


詩子のその言葉に、セナは頬を膨らませてまた怒ったような仕草を見せると、詩子の頬をつんつんとつついた。


「 無理はしちゃダメですよ? 」


詩子はその言葉に「 大丈夫です 」と微笑して返せば、そのまま歩き出した。


セナの不安を払拭できない視線を背負いつつ。






後日、またセナの働いているカフェに顔を出すと、他の店員は気まずそうに顔を下に向けた。


先日の出来事がよっぽど衝撃だったのか、詩子は要注意人物らしい。


「 ちょっといいかしら。 」


だが、詩子はそんなことは気にも留めず、カウンターに腕をついた。


すると自然と、調理場に身を乗り出すような姿勢になる。


店員が息を飲む音が聞こえるようだった。


「 ここに“ セナ ”という店員が働いているわね。その子について、詳しく教えて貰えないかしら。 」


その質問には誰も答える気がないらしい。沈黙が静かに落ちていく。


詩子が店員一人一人を睨みつけ、胸倉を掴もうかと思ってきた時、1人の女性店員が恐る恐る口を開いた。


「 彼女なら…今日は非番ですが…。 」


詩子はその言葉に舌打ちをすると、首を横に振る。


「 そんなこと聞いてないわ。彼女について、詳しく話せと言っているの。ここが嫌なら他のカフェでも構わないけど。 」


詩子の言葉に、その女性店員は項垂れるような仕草をして、窓辺の席をゆびさした。


「 あそこでお話をしたいのですが…いいですか。 」


詩子は静かに頷くと、その席にそっと移動した。

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