嘘のない話

柔軟哲学

生徒のために

「おはようございます。みなさん。」

「おはようございます!!」

今日も1年3組のみんなは元気である。

「では出席を取ります。相澤」

「先生、相澤さんは今日も休みです。」

彼女はいつも通り寂しそうにそう言った。

「いつもありがとう。矢作さん。」

彼女は相澤の1番の友達である。

相澤はいつも休みである。

この1年3組に入ってから5月まで欠かさず学校に来ていた元気な女子である。

しかし、6月に入ってちょっとするとパタリと彼女は学校にこなくなった。

彼女が学校に来なくなってしばらく、クラスのムードメーカーだったこともありクラスの雰囲気が暗くなった。

だが、人間は環境に順応していくものである。

次第に彼女がいないのは当たり前になっていった。

「せんせー。そんなことより朝会長いよー。早く終わらせてー。」

一番後ろの席からいつも通り気怠そうな声が聞こえてくる。

クラスの人気者の井口だ。

「また井口か、少し我慢してくれ。俺にも教師という仕事上仕方が無いんだよ。」

「しょーがないなー。許す!」

「井口はいつも通りだな。」

俺が彼女にそう言うと自然にクラスに笑顔ができる。

彼女がこのクラスで相澤に代わってクラスの雰囲気をよくしてくれる生徒だ。

教師である私は、クラスのムードメーカーからの好感度は非常に大事にしたい。

それが一番うまくクラスをまとめるコツである。

その後私はいつも通り出席を取り、いつも通り朝会を終えた。


いつも通り朝会が終わった後、廊下に出ると意外にも矢作さんが声をかけてきた。

「先生、相澤さんはなんで休みなのですか?」

矢作さんはいつも相澤と一緒にいた。やはり彼女は心配しているのだろう。

彼女が学校にこなくなって1ヶ月経ったのだ無理もない。

「ちょっときてくれる?」

私は場所を人目につかないところに移し彼女に聞いた。

「みんなに言わないでほしいのだけどいいか?」

そう言うと彼女は無言で頷いた。

「それが毎週家庭訪問しているんだけどわからないんだよ。」

「なんでですか?」

「それが本人もそこは口にしたくないらしくて。」

「先生。実は私彼女が休んで数日経った頃1件だけラインがきたんです。」

「本当か!なんで言ってくれなかったんだ!」

「ごめんなさい。それにはいろいろ言いづらいわけがあったので、先生にだけ」

「まあそれならしょうがないか、、それでどんな内容なんだ。」

それを俺が聞くと彼女は無言で携帯の画面を見してくれた。

そこには衝撃的な内容のスクリーンショットが一枚あった。

端的に言うと井口達がグループラインで相澤さんの悪口を言って盛り上がっているスクリーンショットである。

俺はそれを見て信じられなかった。

いつもあんなに明るく盛り上げてくれる生徒がそんなはずがない。

「これ本当か?」

「見せたものが全てです。なかなかクラスの関係もあって言い出しづらくて。」

彼女は反省した様子でそういった。

「これは確かにそうだな。相談してくれてありがとう。」

そうすると彼女は頬を赤らめて頷いた。


しばらく私は教師としてどうやってこの問題を解決しようと考えていた。

矢作さんの勇気ある行動は尊重したい。

しかし、矢作さんのクラスでの立場もあるし何より大事な生徒を疑いたくはない。

私は迷った結果少し探りを入れてみることにした。


昼休みになると井口はテニス部であるため体育館に向かうのである。

そこを狙って話しかけにいく。

「お、井口今日も練習か?」

「なんだ。せんせーじゃん。暇なの?」

彼女はいつも通りの反応をしてくる。

「最近さ、なんかクラスで気になったことあったりする?」

「なに?なにが聞きたいの?」

我ながら明らかに変な質問だったかもしれない。

「いやーなんか色々教師やっているとあってさ。」

「あーね。いや、、、」

彼女は少し考えた顔をしていた。

「なんかあったの?」

「ちょっときて」

「どうした!いきなり!」

彼女は私の腕を引っ張って教室から離れた方向に連れてくる。

向かう先は人が少ない空き教室であった。

「この話は結構有名なんだけど、矢作さんいるでしょ。彼女相澤さんに嫉妬していたみたいなの。」

「え?嫉妬?なんで?」

「あんた気づいているでしょ。相澤さんはせんせーに声をよくかけられるから」

「なるほど」

確かにそれは納得がいってしまった。教師である人間を好きになるなんて皮肉なことだ。

「それでここからが問題なんだけど矢作さんから数日前連絡がきたの。」

「ほ、本当か?それ?」

「なんで嘘つく必要あるんだよ。ほらこれ。」

そこには1行。

矢作さんから『調子に乗るなブス』

とあった。

「本当だ、、」

「これ来た瞬間本当に鳥肌たったよ。対象が私に移ったてね」

「これは、、怖いな。」

「そう言うこと。でも、余計な事はしなくていいから。刺激しても怖いし。」

「それは教師として守秘義務があるし言わないよ。」

「良かった。まーそれくらいかな。クラスの事は。じゃ練習あるから行くわ」

「ありがとう。頑張れよ!」

俺は井口と別れた後すぐに職員室に戻った。


さて、このボンクラ教師にも色々とわかってしまったことがある。

本当に奇妙なことがある。

二人の話が真っ向から食い違っていると言う点である。

つまり、本当に生徒は疑いたくないのだがどちらかが嘘をついていると言うことである。

矢作さんには十分動機がある。

確かに言われてかなり腑に落ちたことではあるのだ。

しかし、最初の矢作さんの井口が悪口を言っている画像も嘘だとは断言できない。

本当だとも嘘のものだとも言えないのだ。

井口もわざと矢作さんを陥れるためにやっているとは考えにくい。

そもそもがそんなめんどくさいことをわざわざやる性格だとは思えない。

矢作さんも井口も全く嘘をついているそぶりは一切ない。

謎は深まるばかりなのである。考えていても仕方ない。本人に聞くのが一番だ。

今週はちょうど今日が家庭訪問で相澤に会う日なのである。



「こんにちは。すいませんね。遠いのにわざわざご足労を。」

相澤宅に着くといつも通り優しい雰囲気のお母さんが玄関から出てくる。

「いえいえ。そんな遠くないですよ。しかも好きでやっているので。」

「そうですか。いつもありがとうございます。お茶入りますか?」

「いえ、お構いなく。今日は冬美さんとお話がしたくて。大変失礼なのですが二人でお話がしたくて、、」

「わかりました。私は席を外します。」

「ご協力ありがとうございました」

「いえいえ。そんなわざわざ来てもらっているので。では、呼んできますので少しかけてお待ちください。」

リビングの椅子に座らしていただき相澤冬美さんを待つ。

お母さんは2階で待機しているようだった。申しわけない。

「先生!今週も来てくれたんだ。嬉しい!」

この通り毎週来ていくうちにある程度の信頼関係はできているのだ。

「そりゃ大事な私の生徒だからな。どんな時も生徒のために駆けつける。」

「それはかっこいいね。さすが先生。」

「どうも」

「最近は家でどんな感じ?宿題はできてる?」

「うん。先生のお陰でできてるよ。はいこれ。」

彼女は先週渡したプリントを出した。

「これ今週の分。頑張れよ。それと今日は二人だけで話たいことがあってな。」

「そーなの?なに?」

声とは裏腹に彼女は少し何を聞くか気付いたように顔が歪んだ。

「どうして学校来ないんだ?もうそろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」

「それは言えないって何回言えばいいの?話はそれだけ?」

「井口と色々あったんだろ。それはこの間矢作さんに聞いたよ」

彼女は顔をこわばらせ重々しく口を開いた。

「私ね。井口さんのグループにかなり酷いこといっぱい言われていたの。」

「そうか。」

「本当に辛かった。」

「そうだよな。気づけなくてごめんな。」

「これが証拠。」

そこに写っていた画像は矢作さんが見してくれたものとなんら変わらなかった。

しかし、その画像は矢作さんから送られてきたものであった。

おかしい。おかしい。おかしい。私は背筋が凍る。

矢作さんは相澤さんから送られてきたと言っていた。

それだけじゃない。矢作さんとのラインの会話は毎日続いていたのだ。

しかも楽しそうなラインだ。おかしい。何かおかしい。

矢作さんは1件だけ送られてきたと言っていた。おかしいのだ。全てが。

「先生?」

「すまん!少し貸してくれ!」

怖くなり、私は慌ててその矢作さんのラインに電話をかけた。

すると2階から音が近づいてくる。その音が止まった。

その音の方には笑顔のお母さんの姿が見えた。



そう、、、、、最初から誰もうそをついていなかったのである。











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