結局何で別れたのさ-2

 「お前が似とるのは、親父だけと違う。」

 保志の太く響く声が掠れている。

 「おかんとも、よく似てるんや。」


 正人の肩がピクリと動ごいた。涙と鼻水だらけの顔を保志に向ける。保志は、ゆっくりと正人に向かって頷いた。


 「確かにお前のおとんは嫁さんを放置して研究に逃げ込んだ。……そして、おかんは辛いと誰にも言わんかった。」


 保志が正人の両肩に手を置き、自分の方に身体を向ける。正人は保志を呆然と見つめ、されるがままになっていた。


 「髭親父が……。おかんの父親が、心配して何度も実家に帰ってこいと言ったし、何度も様子を見に行こうとした。そやけど、頑なに『自分は大丈夫だから心配するな』と助けを拒み続けたんや。……なんでか、分かるか?」


 小さな子供に言い含めるような口調で保志は正人に問いかけた。正人は小さく首を横に振る。


 「お前が、美葉を空港に迎えに行こうとして、そのまま北海道中逃げ回ったんは、何でやった?」


 意外な問いかけに正人は一瞬顔を上げ、その後思考を巡らせたようだった。頬が微かに赤くなり、言いにくそうに答える。

 「合わす顔が、無くて……。」


 保志が深く頷く。


 「お前のおかんも、合わす顔が無いと思ってたんと違うか?果たすべき事を何一つ出来へん自分を責めて、こんな自分を人に見られたくないと部屋に閉じ籠もったんと違うか?その結果、お前は養育を放棄された。お前にされたのはネグレクトという虐待や。おかんが誰かに一言でも『しんどい』と伝えていたら、お前ら親子に救いの手が届いた。髭親父は間違いなく娘と孫の傍に飛んで行った筈や。学校の先生や近所の人が動いてくれたかも知れへん。それやのに、命を失うまですり切れる方を、選んでしまったんや。」

 「止めてください!」

 正人が保志の言葉を遮り、両方の拳で胸を叩いた。


 「お母さんを、悪く言うなぁ!!」

 

 拳の殴打は、屈強な保志の身体を揺らす。保志はそれに、静かな眼差しで耐えていた。健太は見かねて、正人の脇に手を添えて引き離した。正人の背はしゃくり上げる息で上下した。だが、鋭い視線を向けたまま尚も向かっていこうとする。悠人が正人の腕を押さえつけた。正人の殴打は保志の呼吸を阻害していたようで、保志は何度か咳き込んだ。


 「親と子は、似るねん。」

 呼吸の乱れが落ち着いてから、保志はやや嗄れた声で言った。それから、もう一度正人の頭に手を乗せる。


 「せやけどな、越えて行くねん。いつかはな。」

 正人の腕から、ふっと力が抜けた。


 「親と子は、同じやないねん。別の人格なんや。そして、子供は一人の人として成長する。色んな事を乗り越えて、色んな人に出会って、親とは全く違う自分を形成していく。お前は、自分の逃げ癖に気付いた。同じ事をしそうになったら、それはあかんと自制できるやろ?」


 正人の首が、自信なげに傾いた。それを見て、保志がふっと笑みを浮かべる。


 「あかんときは、周りが支えてくれるやろ?」


 「う……。」

 正人の喉から小さな声が漏れ、視線がゆっくりと彷徨い、健太と悠人、陽汰と順にその姿を捉えていく。


 「まして、美葉が黙って大人しく逃避させてくれんやろ。首根っこ捕まえて引きずり出して、一緒に問題を解決するやろう。死ぬほど寂しくなる前に、無理矢理にでも自分の方にお前の顔を向けるやろう。」


 正人の身体から力が抜け、がっくりと地面に膝を突いた。


 「そうだ……。」

 ボタボタと地面に滴が落ちる。


 「僕はまた……、間違えてしまった……。」

 正人は地面に両肘を付き、身体を震わせる。


 「……美葉さん……美葉さん……。」


 しゃくり上げる呼吸の間から、譫言のようにその名を呼ぶ。健太は反射的に膝を突き、正人の背に手を置いた。ほぼ同時に、悠人も反対側にしゃがんで伸びた坊主頭をポンポンと叩く。


 陽汰がぴょんと椅子から飛び降りて、その頭の前に立った。


 「泣いてる暇あったら、美葉んとこ行けよ。」

 「……え……。」


 のろのろと正人は顔を上げる。涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃになっていた。

 「そうだ。美葉のとこ行って、もう一度やり直そうって伝えなよ!」

 悠人が正人の肩をどんと叩いた。正人がオロオロと視線を彷徨わせる。


 「でも、美葉さんはもう御結婚されるので……。」

 「まだしてねぇじゃん。今なら取り返しに行っても間に合うかもしんねぇ!」

 健太も正人の背中をばんと叩いた。正人の身体が勢いで小さく揺れた。


 「駄目だったら、俺らが慰めてやっからよっ!」

 「そうだよ。何も言わないでいたら、後悔がいつまでも残るさ。」

 「……逃げんじゃねぇよ。」


 陽汰があからさまに不機嫌な様子で口をへの字に曲げた。

 「大体どの口が人に『逃げんな』って言ったんだよ。」


 正人は陽汰の顔を見て罰が悪そうにポリポリと頬を掻いた。


 「そうやな。美葉が頑固に涼真と結婚すると言い張ってんの、正人に拒否られたせいやからな。本人が頭下げたら、何とかなるかもな。」


 にやりと笑いながら保志が言った。同時に、紺色の胸ポケットから着信音が鳴り響いた。






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