ちょっと一回突っ込んでいいかな

 「えっと……。」

 アキの告白を聞き、健太の頭はますます混乱した。


 「二人に子供が出来たのは、行きずりみたいな経緯で……。それで結婚って……。」

 思わず口を突いて出た言葉にアキが顔を赤らめた。正人も首から上を真っ赤に染めて視線をさ迷わせている。


 「流石に……。今思うと短絡的でした……。」

 正人はポリポリと頬を掻いた。上目遣いの視線をチラリとアキに向け、居心地悪そうにモジモジと身体を捩る。


 「でも……。後悔はしていないんです。僕はアキの事がとても好きだったし、一緒に居て幸せでしたから……。」

 アキが小さく「え?」と呟き、耳まで真っ赤に染めて俯く正人に視線を向けた。

 「私は、正人のお荷物になっているんじゃないかって、思ってた……。だから、流産した後家に帰ってこなくなったんだと……。」


アキの言葉に正人ははっと顔を挙げ、狼狽えた表情で小刻みに首を横にふった。


 「ごめんなさい、アキ……。」

 そう呟き、肩を震わせる。堰を切ったように涙があふれ出し、白い頬を伝った。

 「慰め方が分からなかったんです。流産して悲しんでいるアキを、どう慰めていいのか分からなくて……。お母さんが死んでしまったとき、お爺さんは僕を抱きしめてくれました。その方法しか、知らなくて。まさかアキを抱きしめるわけにはいかないから……。」


 ボロボロ涙をこぼす正人を見ながら、健太の頭にはまたクエスチョンマークが溢れる。

 「なんで?抱きしめてやったらいいべさ……?」

 正人は力一杯頭を振って健太の言葉を否定した。

 「駄目ですよ!アキは男性に身体を触れられるのが本当は凄く嫌いなんです。だから僕は、アキに触れないように細心の注意を払っていたんです。それなのに、抱きしめるなんて出来るわけがないです。嫌な気持ちにさせるだけですよ。」

 「ええ!?」


 アキと驚きの声が重なった。アキも知らなかったのかと、二重の驚きにどこをどう突っ込んでいいのか分からなくなる。

 「よそよそしいから、結婚したのはお腹に子供が居るからで、子供が居なくなったらいらない女になったんだと思ってた……。」

 「そんな事ないです!アキが嫌な気持ちにならないように半径1メートル以内に入らないようにしていただけで……。アキのことは、大好きでした……。」

 消え入りそう声でそう言った正人の耳が、再び真っ赤に染まった。しかし、また眉間を悲しげに寄せ、視線を落とした。


 「なのに……。アキが何かに怯えている事に、気付けなかった。ずっと罪悪感を抱いていました。美葉さんと恋人になって、幸せな時間を送るようになったら尚更、自分のした事が余りにも酷いことだと実感するようになったんです。何もなかったように自分だけが幸せになるのは、おかしいのではないかと思えて。」


アキは首がちぎれるのではないかと思うほど何度も首を横に降る。


 「私、正人に何も言わなかったもの。分からなくて当然だわ。……正人は何故、あの男のことを知っているの?」

 耳を澄まさなければ聞こえないような小さな声で、アキが問いかける。正人は微かに眉をしかめた。


 「警察の人が来たんです。アキが佐野さんと出て行ったすぐ後に。歩道橋から妊婦さんが落ちたのは、男が突き飛ばしたからじゃないかって通報があったみたいです。防犯カメラに写っていたのは男の背中と階段から落ちていくアキでした。風貌から男が真田ではないかと言う疑いが浮上したんです。真田とアキの事件はその時に警察の人から聞きました。でも、後日別の角度から撮った映像が見つかり、真田がアキに触れていないことが判明し、事件では無く事故だと処理されました。」


 「真田……?」

 健太の頭に、佳音から聞いた男の風貌が浮ぶ。突き出した腹と弛んだ頬。ニキビの跡が点在する不気味な顔の男。


 アキの顔が、青ざめていく。

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