アキと正人の出会い-1
当時、アキは小さなスナックでホステスをしていた。元々はスナックがテナントとして入っているビルの清掃員として働いていたが、スナックのママに誘われたのだ。
18歳の春、児童養護施設から社会に放り出された。中学もまともにでておらず、社会と隔絶された生活を送っていたアキが、何とか手にした生きる術。それが、古いアパートと清掃員の仕事だった。
学歴が無く保証人になってくれる親族もいないのだから、絶対に住む場所と仕事は手放してはいけない。
施設の職員に何度も言われていたから、ママの誘いを最初は断っていた。だが清掃の仕事は、アキにとって堪えられないほどの重労働だった。ネグレクトの影響で発育が悪い上、長らく栄養失調状態だったアキは、日常生活を送るだけで疲労してしまう。それなのに、一日中身体を動かす仕事は、体力的に辛かった。
『男の人の隣でお酒を作って、話を聞いていたらいいの。給料は今よりも格段にいいわよ』
繰り返しそう言われて、話に乗ってしまった。
『あんた、男にいいようにされてきたんでしょ。今度はあんたが男を手玉にとって、金を巻き上げてやったらいいのよ。相手が望む女を演じなさい。同情する奴には可愛そうな女。尻軽女を求める男には色気を振りまいてやればいい。』
ママが何を言っているのか、最初は分からなかった。だが、店に出て間もなく現実を知ることになった。
――「濡田アキ」の過去を、日本中の人間が知っている。
その事実に愕然とした。店を訪れる男達は「酷い目に遭った上に親にも捨てられた哀れな女」「男好きの尻軽な女」の両極端のイメージで自分を見ている。
ある日店が終わると客が待っていて、ホテルに誘われた。断ると酷い目に遭う。だから付いていった。その客は「やっぱり尻軽女だ。誘えばホイホイ付いてくる」そうふれ回ったらしい。それ以来色んな男に誘われ、断ることが出来ずに付いていった。
『簡単に身体を許したら安っぽい女だと思われるよ。いい加減やめな。』
ママに言われて驚いた。
『だって、断ったら殴られます。腫れた顔でお店に出るわけにいかないです。』
言い返したら、ママの方が驚いていた。
『いい?ああいうことはね、愛し合う人同士がするものなのよ。もう二度と、客とホテルに行ったら駄目よ。断っても殴られないし、殴られたとしたらそれは犯罪だから、警察に訴えたらいいの。』
それ以来ママは客に『この子のアフターは店が禁止してるから』と釘を刺してくれた。
『自分は一体、何の為に生きているのだろう』
その一件でずっと抱いていた疑問が、はっきりとした形になり、胸を占めていった。
今更守って貰っても、意味が無い。何時だって自分は物のように扱われる。もうすでに、散々に汚れた姿を世間に晒してしまった。
死にたい。こんな自分で生きていても意味が無い。死にたい。
そう思うようになった。
そんな時、正人と出会った。
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