天岩戸に籠もる正人

 保志は美葉からのメールを受け取った後急いで樹々へ向かった。しかし、入り口のドアにも勝手口のドアにも鍵が掛かっていた。勝手口のドアに耳を付けて中の様子をうかがうと、微かだが鉋を掛ける音が聞こえる。


 「おい!正人!」

 どんどんとドアを叩くが返事がない。もう一度耳を澄ますと鉋の音は消えていた。


 「正人!」

 もう一度呼びかける。居留守を決め込んでいるようだ。子供じみた振る舞いに腹が立ち、一層ドアを叩く手に力がこもる。その気になればこんな安っぽいドアくらい蹴破ることが出来そうだ。そう思ったとき、肩を叩かれた。振り返ると困り顔の悠人と健太が立っている。健太は片目を瞑って口元に人差し指を立てていた。


 悠人に肘を引かれてグラウンドへ歩を進める。校舎の影に隠れたところで、ようやく悠人が手を離した。


 「一番最初に佳音と錬がやって来て、話を聞いた健太がその後に続いて、健太から話を聞いた俺がまた会いに行ったもんだから、天岩戸に隠れちゃったのさ。」

 親指で背後の体育館を指しながら悠人が言う。


 「何のこっちゃ。」

 保志は首を傾げた。悠人は嘆息して続ける。


 「やっさんも何で美葉と別れたのか理由を聞きに来たんだろ?」

 「そらそうや。せっかくリフォーム話でっち上げて美葉をこっちに帰ってこさせたのに、別れ話になるってどういう事やねん。」


 「俺らもそれを聞きたかったのさ。」

 憮然とした表情で腕を組み、健太が言う。


 「でも、理由は言えないの一点張りでさ。仕舞いには『もういい加減にして』って鍵を掛けちゃったのさ。」


 「理由は、言えん?」

 保志の問いに眉を寄せて悠人が頷く。


 「アキが絡んでいることは、一切言いたくないらしい。でも、アキとよりを戻したいとかそう言うんじゃなさそう。正人はアキに一切近付こうとしないからね。」

 「あいつ、自分の中で拗らすんだよな、色々と。工房が行き詰まった時もそうだった。いつの間にか追い詰められて、廃業するって決めちゃって。でも廃業するに当たって何から手を付けていいのか分かんなくて唯々混乱してたらしい。拗れる前に相談してくれたら助けることも出来たのに。」


 いらだつように健太が校舎の壁を叩く。古いコンクリートの壁は予想以上の衝撃を返してきたようで、すぐに拳をさすりだした。


 「今回も、なんやかんやと腹ん中で拗らしてしもうたと言う訳か。」

 保志の言葉に、二人は困り果てた顔で頷いた。思わず溜息をつくと、二人も同時に嘆息していた。


 「このままだと、樹々を閉鎖してしまいそうだ。今は、そっとしておいたほうが良い。折を見てまた話をしてみるよ。正人が美葉を嫌いになるはずはないし、美葉もそう簡単に正人を諦めるはずがない。俺は二人が一緒にいるのが一番自然な形だと思う。」

 「だよな。正人には美葉が必要なはずだぜ。一人で樹々を経営していくのは正人には無理だ。美葉だって、正人って居場所がないとどこまでも突っ走って行こうとするからな。」

 「そやな。あいつらは二人でおってやっとまともにやってける奴らやからな。……問題は、あいつや……。」


 保志の脳裏に、ブルオーニのスーツ姿でにやりと笑う涼真が浮ぶ。

 「あいつが指くわえて見てる訳がない。美葉が絆されんかったらええけどな……。」

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