口の中のビッグスリー-1

 涼真が連れて来たのは、丸太町にある一軒家だった。看板も何もなく、どこからどう見てもレストランには見えない。だが、中に入ると長いカウンターテーブルがあり、既に数組の客が食事を楽しんでいた。店の中はなんとも香ばしい香りに満ちており、食欲があまりない美葉の胃を心地よく刺激する。


 若い女性店員は、カウンターテーブルをぐるりと回り込んだ奥の空間に案内してくれた。


 ちょうなで削った引き戸を開けると、四人掛けのテーブル席がある。テーブルの周囲には人が一人通れるくらいしか隙間がない。壁も天井も羽目板が張り巡らしてある。木材に囲まれた狭い空間は、守られているような安心感があった。


 この空間に、なんとなく見覚えがあるように思えた。


 保志が経営する新風じんふぁというレストランが当別にある。シュラスコと有機野菜を使ったビュッフェが人気の店だが、奥に四人掛けの掘りごたつの席がある。ウエスタンレッドシダーの羽目板で囲まれた空間は、樹洞をイメージしていた。安心してそこに籠もり、大切な人と気持ちを分かち合う場所として、美葉が設計したのだった。


 「ここね、なんとなく懐かしいやろ?」

 「……ええ。」


 美葉は照れくさそうに微笑む涼真を見つめた。


 「僕のデザイナーとしての最後の仕事。美葉ちゃんが作った樹洞というコンセプトを、真似させてもろうた。大切な人と、心の内を安心して分かち合う場所。京都にそんな場所があったらええなぁと思って。」

 「うわ、パクった!」

 美葉がムッと口をへの字に曲げると、涼真はクスクスと笑った。


 「デザインなんて、パクられてなんぼ。まねされると言うことは、それだけ魅力があると言うことやん。」

 「そう、ですか?」

 口を尖らせながら、美葉は応じた。そして、改めて空間を見渡す。


 「オーク柄マルチパネリングですね。」


 濃淡があり、木目のはっきりした羽目板に触れる。ひんやりとした無垢の木の肌触り。しかし、この木目は転写したものだ。羽目板に使える材は限られている。木目がしゃれたアクセントになるような無垢の羽目板は少ないのだ。ならばと、パイン材の上に楢の木目をプリントしたのだ。木寿屋オリジナルの羽目板である。


 床も同じく楢だが、幅広のアンティークオークが渋い艶を放っている。テーブルも楢だ。足は黒いアイアン。椅子もアイアンだが、座面はレザーで座り心地がいい。天井から下がるペンダントライトは三角形のガラスを黒いスチールで貼り合わせた多面体で、輝く星のように見える。


 自分が創った空間よりも、格段に洗練されている。当時は全くの素人だったのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが、なんとなく悔しい。


 「男性がデザインしたという感じがしますね、やはり。社長、アイアン好きですよね。」

 「そうやね。元々、異素材を組み合わせるのが好きやねん。打ちっぱなしのコンクリートとレザーとか。でも、無垢の木材とアイアンの組み合わせが一番好きやなぁ。ちょっとロックな感じせぇへん?」


 「ロック?」

 涼真とロックというあまり想像が付かない組み合わせに思わず笑ってしまう。

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