口の中のビッグスリー-2

 先ほど席を案内してくれた女性がドアをノックした後入ってくる。ドアの外にはワゴンが置かれていて、ガラスのワインクーラーと前菜らしき皿が乗っている。女性は美葉と涼真の前にワイングラスを置き、ボトルを涼真に見せてから慣れた手つきでコルクを抜いた。涼真のグラスに、少量ワインを注ぐ。涼真は、グラスを空に翳して眺めた後鼻先に持ってきて香りを嗅ぎ、口に含んだ。


 「お願いします。」


 涼真が言うと、女性は黙礼してから美葉のグラスにワインを注いだ。


 ドラマでは見たことがあるが、ワインのテイスティングというものを初めて生で見た。胸にわいた小さな感動は、前菜を見て大きく膨らむ。


 ガラスの皿に、五種類の小さな前菜が盛り合わせてある。その中央に上部を綺麗に切り取った玉子の殻が乗っており、中にキャビアを纏った雲丹が入っていた。


 「玉子の中にタモリとたけしがいる!」


 思わず叫ぶと、涼真は声を上げて笑った。

 「タモリとたけし?さんまとタモリでもさんまとたけしでもなく?」

 「うーん、なんとなくタモリとたけし。」

 涼真の笑い声が大きくなり、壁や天井に声が反響した。そんなに笑わなくても、と思う。


 「……美葉ちゃんは、おもろいなぁ。」

 涼真はやっと笑うのをやめ、目尻を指で拭う。それから、グラスを持ち上げた。美葉もそれに習う。


 「私、あまりお酒強くないからなー。」

 そう言いつつ、ワインを口に含む。スミレを思わせる香りに果実の風味がふわりと広がり、後から軽い渋みが追いかけてくる。


 「飲みやすいの選んだから、少しだけ付き合うて。美葉ちゃんも、ちょっと位お酒入った方がええやろ、今夜は。」


 「今夜は?」

 美葉は首をかしげた。


 「失恋話でも、振った駄目男の悪口でも、なんでも付き合おうと思うて。」


 涼真の言葉に、美葉は首を横に振った。

 「失恋話も悪口も言いません。……まだ、泣いちゃいます。」


 涼真は小さく眉を上げた。


 「泣いてもええやん。」

 「嫌ですよ。格好悪いもん。」


 美葉の言葉に、涼真は苦笑した。そして、フォークを手に持ち美葉に向かって小首をかしげて見せた。


 「食べへんの?タモリとたけし。」

 「食べます食べます!」


 美葉もフォークを持ち、玉子の殻の中から雲丹を一切れかきだして口に入れた。芳醇な雲丹の香りにキャビアの塩気が上品に絡まる。


 「うわー、口の中でタモリとたけしが腕組んで踊ってるー!この二人、めっちゃ仲良しー!」


 涼真が吹き出すように笑った。


 「ここで、ワインを一口飲んでみ?」

 ワインの風味でこの味が霞んでしまわないか?と思いつつ言われるままにワインを含む。ワインの芳香が、雲丹とキャビアを包み込み、広がっていく。


 「さ、さんま来た!」

 「ビッグスリーがお口の中で勢揃いやね。」

 くっくっく、と涼真は笑った。


 「美葉ちゃんをずっと眺めていたいなぁ。ほんまにかわいい人やね。」


 美葉はワインを口に含みながら、涼真をチラリと見た。どうせまた口説いてくるだろうと思っていた。涼真の気持ちがどこまで本気なのかは正直なところまだ分からない。正人と付き合う前から『男として見て欲しい』と言われていたし、社長夫人になって欲しいとプロポーズらしきものをされたことがある。自分の気持ちは正人に向かっていたから相手にしなかった。


 正人がいなくなったからといって、じゃあこの人にと気持ちを切り替えようとも思わない。 


 「社長は、どんな女性にもそうやって思わせぶりなことを言うんでしょう?」


 自分を誘うのはもうやめて欲しい。はっきりとそう伝えようと決意を新たにする。

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