口の中のビッグスリー-3

 「どんな女性にでもって事はあらへん。結構厳選してるで。」


 すました顔で、烏魚子からすみをまぶした無花果いちじく鶏魚いさきを口に運ぶ。あっさり認めるとは思わず、美葉は呆気にとられてしまった。小さな揚げ物を口に運ぶ。ほろほろと溶ける牛肉のコロッケに、トリュフのソースがかかっている。その濃厚な味にワインを合わせると、肉のうまみがぐんと引き立つ。


 「私は、その厳選されたコレクションの一人に選んでいただけたって事?」

 「まさか。」


 涼真はきょとんと美葉を見た。

 「だから、美葉ちゃんは本気やと言うたやん。」


 美葉は、涼真の瞳をのぞき込んだ。この澄んだ瞳は、嘘も真実も映さない。涼真の言葉が本心なのか、自分を上手に騙そうとしているのか判断が付かない。


 「信じて貰われへんのか。ちょっとショック。」

 涼真はすねるような顔をし、グラスに口を付けた。


 「僕は美葉ちゃんに本当の気持ちしか言うてない。確かに、美葉ちゃんを好きでいながらいろんな女性とお付き合いしてきたで?僕社長やもん。美葉ちゃんに振られたときの押さえは作っとかな、皆が困るやろ?でも、美葉ちゃんが僕の気持ちに応えてくれたら、他の女に手を出すようなことはせぇへん。そんな必要ないもん。」


 まっすぐに美葉の目を見つめて涼真が言う。美葉はその瞳を見つめ返す事が出来ずに視線を逸らした。


 「……僕が、デザイナーを辞めたのは、美葉ちゃんのためやねん。」


 涼真の口から飛び出した意外な言葉に、美葉は小さく唇を開いた。


 「本当は、社長業の息抜きに続けるつもりでいたんや。僕は本当はプレイヤーでいたい。その欲求を満たす場所を作りたいという邪な気持ちで始めたのがスペースデザイン事業部の始まり。でも、この方向性は会社の未来を左右するということに気付いた。でも、広げてしまうということは、自分の手から放すと言うことになる。どうしようかと言う迷いを、高校生の美葉ちゃんは一気に吹き飛ばしてしまった。」


 修学旅行で木寿屋のショールームに迷い込み、涼真と出会った。涼真が口にした「スペースデザイン」という言葉が美葉の心を大きく揺さぶった。それが何か知りたくて、修学旅行を抜け出し涼真がデザインした物件を見て回った。


 涼真とはそれきりの縁だと思っていた。しかし、新風じんふぁのレセプション会場で再会することになる。涼真は新風と樹々のデザインを見て、美葉に木寿屋で働くことを勧めたのだった。


 「修学旅行で会ったときは、まだ無垢のフローリングの存在すら知らんかった。その子が、一年後にはプロ顔負けのデザインで見事な空間を創っていた。……レセプション会場で僕には、マイクを持って一生懸命自分のデザインのプレゼンをする美葉ちゃんの背中に大きな翼が見えとった。」


 「翼……?」

 涼真は大きく首肯する。


 「そう。どこまででも力強く空を飛ぶことが出来る翼。この子が飛ぶ空を作ろう、そう思ったら、何の未練もなくデザイナー業から手を引くことが出来た。」

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