朝の光に愛を誓う

 シャワーを浴びて、木寿屋の制服に身を包む。


 あげた視線の先にカーテンが揺らめいていた。白地に翠色すいしょくと柳色が絡まり、大きく広げた葉と紫陽花の花を描いている。白も柳色も翠色の濃く鮮やかな緑を引き立てている。それが初夏の風を模るように様に揺れ、朝陽を受けてきらめいている。


 空気を入れ換えるために窓を開けたのを思い出した。窓辺に立つと、身体を朝の光が包む。


 部屋に充満していると思っていた洋酒の香りは、自分の身体に纏わり付いているものらしい。新しい風を受け、その事に気付いた。


 夕べ、「お試し」ではない付き合いをしたいとの申し出に、迷い無く了承の返答をした。


 彼はずっと、唇の端に笑みを浮かべていた。その顔が、泣き顔のように見えて苦しかった。


 涼真が見せたのは、本当の心のほんの端っこに過ぎないのだろう。きっと彼は真の心を人には見せない。どんなに親しくなっても。多分、家族になっても。


 思えば、自分は恵まれた人間だ。早くに母親が亡くなったけれど、充分なほどの愛を与えてくれた。何かあれば必ず助けてくれる仲間に囲まれ、幸せを願ってくれる大人達に見守られていた。大地のように揺るがない愛の上で、自分は育った。


 涼真は、人がうらやむような家庭で育ち、優秀で見目麗しく人当たりも良い。こんなに恵まれているはずなのに、彼の心は飢えて乾いているように思える。


 彼は微笑みを纏っている。

 その微笑みに多くの社員が信頼を寄せる。

 その微笑みに女性達が羨望の眼差しを向ける。

 でも微笑みの内側にあるものは決して見せず、触れさせもしない。


 本当の心を晒さないから、誰もそれを満たせない。

 孤独であることを自らに課し、飢えて乾いて震える心に目を瞑っている。


 そんな彼が手を伸ばしてきた。


 自分もまた、彼に手を伸ばした。隙間だらけで頼りない心を、満たして欲しかった。


 朝の光に、手を翳す。


 九条涼真という人を、愛そう。その寂しさを、孤独を埋めよう。いつか心から笑える日が来るように、全てを彼に注いでみよう。


 自分を育んでくれた当別の大地。そんな大きなものにはなれない。けれど二人分の大地を作り、二人分の故郷を育てて行く事は、出来るかも知れない。


 朝の光に微笑みを向けて、誓うように頷いた。

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