第八章 歪んだ家族

親子喧嘩-1

 健太がギターをかき鳴らしている。


 「初めて出会ったその日から

  君の瞳に釘付けなのさ

  その手を繋いでさらっていきたい

  夢の世界まで」


 自作の、聞いていると恥ずかしくなるような歌を堂々と歌っている。麦畑に向かって。


 ちょっと静かにしてくれないかな。一眠りしたいんだけどな。


 納屋の横の木陰に横たわり、悠人は頭のタオルを顔に乗せて目を瞑る。波子の弁当で満たされた腹は、睡眠薬のように眠気を誘う。手放そうとする意識を、耳に聞こえる騒音が強引に引き留めるのだ。


 納屋の奥から、健太のギターに合わせてドラムの音が響き始める。こうなるともう駄目だ。陽汰は最近またドラムを叩き始めた。何か思うところがあるのだろう。


 ドラムは、元々悠人が叩いていた。高校の頃好きだったバンドのドラマーに憧れて、父親から貰ったバイト代で中古のドラムセットを買った。すぐに出来るようになると思っていたけれど、案外難しかった。極める前にあきてしまって埃を被っていたが、陽汰がいつの間にか叩くようになった。


 虐められてくすぶった気持ちをドラムにぶつけていたのだろう。陽汰の緘黙症を心配していた仲間達が、それならとバンドを始めた。勿論、目立ちたがり屋の健太がボーカル兼ギターだ。ギターなら、小さい頃からクラッシックギターを習っていた錬の方が上手なはずだったが。過剰適応に陥りがちな錬は、健太にギターの座をあっさり譲り、弾いた事の無いベースを習得することになった。


 Eastbackersというバンドには、健太の「女子にモテたい」「プロになって農家の跡継ぎの座から逃れたい」といった下心が加わって迷走状態となったが、お陰で陽汰は作曲に目覚めた。


 人生なんて、何がどっちに転ぶか分からないものだ。


 曲が終わって、二人分の拍手が聞こえる。愛想で叩いている波子と、案外本気で感動しているアキのものだ。


 「凄いですね、健太さん。歌、お上手なんですね!」

 アキが感激したというような声で言う。そんなこと言ったら図に乗るのにな、と悠人は思う。


 「いやぁ、それほどでも。……ま、一時期は本気でプロを目指していたけどな。」

 「そうなんですか!凄い!」

 プロを目指すのは、誰だって出来るんだけど。悠人は心の中で健太に突っ込む。


 「こうやって、歌を聴かせてやったらさ、作物もきっとよく育つベ?クラシックを聴かせた植物は生長が早いって研究もあるんだ。音楽農法って奴、俺も学会で発表してみっかな!」

 どこの学会だよ。思わず吹き出しそうになる。

 「すごーい!」

 アキがまた、無防備に感心している。


 本当に健太はわかりやすい。今まで農場にギターなんか持ってきたこと無いのに、最近やたらと歌を披露する。女子にモテたい高校生か。だが、いちいち本気で感動するアキとは、良い相性なのかも知れない。正人の元嫁だという難点さえ無ければ。


 健太の好みは、大人しいタイプでなおかつ色気を感じる女性。そして、エクボフェチ。アキは健太のドストライクだ。だからといって、こうも見事にやられてしまうとは。


 アキは素直で、不器用ながらも一生懸命働く健気な女性だ。身の上話を聞いたことは無いが、あまり恵まれた環境で育っていないような気がする。助けを求めるのが下手で、波子が気に掛けてやらないと一人で困っていることがある。こんな女性が一人で子供を産んで育てるのは大変だったろう。きっと、健太の真っ直ぐで暑苦しすぎる愛情は、アキの救いになる。


 でも、そうなると正人はますます自分達を遠ざけるだろうな。


 正人はすっかり、スマホのアラームに動かされるロボットになってしまった。これではまともにおしゃべりも出来ない。


 「また学校サボったの!?ずる休みでしょ!今からでも学校行きなさい!」

 千紗の金切り声が聞こえる。悠人はうんざりしながら身体を起こした。


 「本当にしんどいの!放っといてよ!」

 桃花も大声で応じる。


 『しんどいから学校休む。電話しといて。』


 朝、浮かない顔でそう言って朝食も食べずに階段を上っていった。千紗は食卓にいなかった。母親に言うとうるさいので、文句を言わない義父を使ったのだろう。


 『熱は?』


 階段に向かって問いかけたが、返事は返ってこなかった。仕方なく、学校に体調不良で休むと電話をした。


 本当の父親だったら、こういう時にどうするのだろう。


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