親子喧嘩-2

 こんな時、本当の父親だったらどうするのだろう。


 父親だったら、部屋に行って体温を測り、どこが調子悪いのか問いかけるべきだ。もしも仮病だと分かったら、学校に行きたくない理由を親身になって聞いてやるべきだ。


 父親だったら。

 

 桃花とは、「母親と仲が良いおじさん」の関係から抜け出せていない。桃花が自分を拒絶しているからだ。その原因は自分にあることも悠人は知っている。


 二年前、当時視聴率を集めていた視聴者参加型お見合い番組を健太が招致した。正人と自分は勝手に出演することにされていた。そこで正人が八人の女性を一気に振ったものだから、ディレクターに懇願されて三人の女性のうち一人を選ぶ羽目になった。


 当時、千紗と翌月結婚する事になっていた。だが、この顛末で千紗の怒りを買い、結婚は延期になってしまった。千紗は桃花のアレルギー対策として山奥の家で自給自足の生活をしていた。その家に訪ねていっても、半年間会って貰えなかった。桃花はその半年の間に、母親から父親になるはずの男に対する不信感を延々と聞かされたのだ。小学三年生の桃花の頭に、自分は信用できない存在として刷り込まれてしまった。千紗の怒りが解けて結婚し、親子になってからも心を許して貰えない。


 「ずる休みはだめ!どうせ熱ないんでしょ!」


 千紗の声は耳障りで、聞く度に腹に重たい石が溜まっていくように感じる。


 「熱が無くたってしんどいの!」

 抵抗する桃花の声は、何も出来ない自分を詰るように聞こえる。


 「どうしんどいのよ!説明してみなさいよ!」

 「うるさいなっ!くそばばあ!てめぇがこんな身体に産んだんだろ!」


 バシンと、皮膚を叩く音がした。


 ああ、と波子が声を上げ、母屋の方に走る。悠人は煮えたぎるような苛立ちを感じ、その苛立ちを母屋の壁にぶつけた。拳が痛い。何事かと波子が足を止め、振り返る。


 「波子さん俺……。桃花を置いて山に帰れって千紗に言ってしまいそうだ……。」


 波子はふっと息を吐いた。ゆっくりと歩を戻し、労るように悠人の肩を叩く。


 「それは、言ってはいけないよ。一度出した言葉は、口の中に戻せないからね。」


 吐き出した分だけ気持ちは軽くなり、神妙に頷く。波子は困ったように眉を寄せ、二階を見上げた。


 「でも、ちょっと何とかしないといけないね。このままでは、桃花のために良くないよ。」

 「……はい。」


 頷いてみたものの、どうして良いのか正直分からない。


 エンジン音が聞こえ、ツートンカラーのパジェロが走り出した。千紗が山の家に向かうのだろう。自分たちの横を通り過ぎて国道へ向かう。一瞬怒り満ちた横顔が見えた。


 「桃ちゃん連れて、樹々に行ってくるよ。」

 「すいません。お願いします。」

 桃花はもはや、波子と正人にしか心を許さなくなった。

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