元婚約者現る-2


 わき上がる怒りを必死で堪えながら、美葉は呻いた。

 「二股掛けてたって事かよ、あいつ。」


 「それが、何か問題でも。」

 すました顔で華純はそう言い、アイスコーヒーを一口飲んだ。美葉ははあ?と息を吐き、勝ち誇った顔の令嬢を見る。


 「地位も財力もある男性が浮気をするのは当然のこと。それも甲斐性のうちです。」

 「はい?」


 思わず変な声を上げてしまう。華純は美葉に侮蔑の視線を投げた。尖った顎先が美葉に突きつけられる。

 「そんな覚悟もせずに、涼真さんと結婚なさるおつもりなん?」

 「そんな、覚悟?」

 「男性は浮気をするものやありませんか。今更何を驚いてはるのやら。」


 美葉を子供扱いするように口元に手を当てて、ふふふ、と華純は笑った。釈然としない思いが美葉の内に込み上げる。むーっと口をへの字にした後、気付いたらテーブルを叩いていた。


 「いや、それ、おかしいと思う。」


 美葉は両手を固く握りしめ、華純に向かって身を乗り出した。


 「私の幼なじみなんてね、今の嫁さんにオムツはいてた頃から惚れてたのよ。二十年を優に超える大恋愛継続中よ。もう一人も、惚れる相手は多いけど、重複するなんてあり得ないわ。一人に対して思いっきり思いの丈をぶつけるもんだから、相手がひいちゃってフラれるんだよね。……男が浮気をするもんだ、なんて決めつけない方がいいよ。誠実な男の方が世の中多いと思う。」


 華純に向かって、大きく頷いた。


 「華純さん、要は涼真さんが二股掛けてて、私が横取りしちゃったって事ですよね。」

 「え、ま、まあ、そうなりますけど……。」

 「今から、お時間あります?とっちめましょうよ。締め上げましょうよ。そんな不誠実なことして、ただじゃ置けないわ。」


 華純は、ぱちくりと目をしばたいた。それから、ハッと我に返ったように居住まいを正し、咳払いする。


 「あなたのお友達と一緒にしないで頂きたいわ。涼真さんクラスになると浮気の一つや二つして当たり前。その方が男性として箔が付きます。」

 「何言ってんの!」

 美葉は華純の言葉に自分の言葉を被せ、再びテーブルを叩いた。

 「人間は平等よ。金持ちだろうが人間だろうが、守らなきゃなんないモラルは同じ。人を傷つけてはいけないってね、幼稚園で習う事よ。」


 華純は、宇宙人でも見るような顔で美葉を凝視した。視線が重なり、美葉は華純に向かって再び大きく頷く。


華純は椅子の背もたれに身体を預け、一つ大きく首を横に振った。


華純の顔から尖ったものが抜け落ち、同時に力も抜けたようだ。困ったようにカールした髪を指で梳く。


 華純はじっと美葉を見つめていたが、暫くして視線を逸らした。ふっと息を吐く。胸元のリボンが小さく上下に揺れた。張りのない声が美葉の耳に届く。


 「でも、涼真さんは、きっと浮気しはりますよ……。」

 「まーねー。」


 美葉は椅子の背もたれに背中を預けて天井を見た。

 「女癖の悪さが、そう簡単に直ると思ってないけどね。もう、その都度指導するしかないよねー。」

 「し、指導……?」

 「そう。浮気って、駄目なんだよって。私の親友、お父さんの浮気で凄く傷付いたんだから。社会通念上駄目なものは駄目なんですって、教えてあげないとね。」

 「はあ……。」

 華純の腕が、だらりと椅子の横に落ちた。


 そして、もう一度視線を美葉に向けた。そこからは尖った物も、奇異な物を見るような不審さも抜け落ちている。美葉はその視線を丁寧に受け取る。きっと自分は彼女の心を傷つけたに違いなかった。知らなかったとは言え、横から現われて婚約者を奪っていったのだから。


 華純は、ストローを咥え、ゆっくりとアイスコーヒーを飲み干した。ストローから唇を離すと、曖昧に視線を彷徨わせる。


 「ちょっと、目が覚めたかも知れません。」


 小さく呟いた。グラスの中の氷がからりと音を立てて揺れる。


 「小さい時から、この人と結婚するんやって親から言われていた人が、キラキラした王子様みたいな人やったから、彼に合わせる人生が幸せなんやと信じて疑わへんかったけど、よう考えたら浮気ありきの結婚っておかしいですよね。」

 「そうだよ。」

 美葉は頷き、まだ幼さが残る女性を見つめる。


 こんな可愛い女の子を傷つけるなんて、酷い奴。

 改めて、涼真に対する怒りを感じていた。

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