男同士の恋愛相談-3

 錬が初めて佳音に告白をしたのは、高校二年の時だった。まさか仲間内で恋愛感情が生まれているとは思ってもみなかったので、皆本当に驚いた。佳音本人だって、最初はドン引きだったのだ。


 「よくガキの頃から知ってる女に惚れられるよな。裸で水遊びしてた仲だぜ?」


 へへ、と錬は照れ笑いを浮かべる。それから、少し遠い目をした。


 「佳音のこと、好きだなーとはずっと昔から思ってたけどさ、本気になったのは、高二の時だな。」

 「へ?そうなんだ。」


 驚いた拍子に、箸から卵焼きがポロリと落ちた。錬は懐かしそうに頷いている。


 「佳音は面食いでさ、中学に入ってすぐ学年一モテる男に惚れて、でもそいつに虐められるって痛い目みたべ?親父さんのこともあって、自分は男に頼らない人生を送るって豪語しときながらさ、正人さんに一目惚れしやがってさ。」

 「へ?そうだったっけ?」


 あまりにも意外なことを聞き、力加減を誤った枝豆が飛び出して皿の外に落ちた。錬は箸でそれを摘まみながら頷く。


 「目の前に現われた年上のイケメンに、あっさり気持ち持ってかれてやんの。ま、恋心は長続きしなかったみたいだけどさ。でも、俺はその時焦ったわけさ。どんなに痛い目に遭っても佳音はイケメンが現われたら恋をする。いつか誰かと恋愛関係になるんだな。そう思ったら居たたまれない気持ちになってさ。佳音を絶対誰にも渡したくないって、思ったのさ。」


 「はああ。」

 正人と佳音と錬の間で、そんな心の駆け引きがあったとは。健太は今度陽汰にそこに気付いていたか聞いてみようと思った。


 「佳音と再会できて、結婚することになって、子供が産まれることになって……。まるで、奇跡さ。」


 しみじみと錬が言う。


 「幸せだよな、お前。」

 「うん。」


 錬は頷いたが、その声に少し澱みがあった。錬は溜息をつき、残りのビールを飲み干して健太のジョッキを持ってきた店員におかわりを頼む。


 「佳音は、なんだか辛そうなんだよな……。」

 「体調、悪いのかい?看護婦さんなんて、重労働だもんな。」


 錬は小さな溜息をついた。


 「そう思うからいろいろ手伝うんだけど、却ってイライラさせてる気がして。」

 「妊娠中って、気持ちも不安定になりやすいんだろ?」

 「そうなんだ。佳音は特に、人に迷惑掛けるの嫌だし何でも自分のせいにしちまうから。辛いことがあるなら言ってくれたら良いのに、言葉に出してくれなくてさ。突っ込んで聞いたら、喧嘩になりそうだし。……正直、どうしていいのか分かんねぇや。」


 「そっか……。」


 健太は掛けるべき言い言葉が見つからず、一緒に溜息をつく。本当は、美葉が佳音の傍にいて悩みを聞いてやるのが一番いいのだろう。仲間が皆集まれば、大抵のことは何とかなる気がする。


 「お前ら、こっちに帰ってこないのかい?佳音も実家が近い方が、気持ちも楽なんじゃないのかい?」

 「そうなんだけど……。」


 錬は苦笑いを浮かべ、所在なげにジョッキの水滴を拭った。


 「いずれ、店を建てたい。当別に。でも、まだもう少し金を貯めなきゃなんないし、修行も必要だ。それに……。」


 俯いて、大きな溜息をつく。


 「親父にちゃんと、会社を継がないことを謝らなくちゃいけない。」


 「そっか……。」

 健太は頷き、錬の横顔を見る。錬は元々細い目を糸みたいに細くして空を見つめていた。錬はずっと会社を継ぐという使命から逃げようとしなかった。だからこそ、違う選択をしたことに責任を感じているのだ。


 高校時代は自分の方が、家業を継ぐことから逃げようとしていたのに、逆転してしまった。

 しかし、農業を継いだからと言って全てが丸く収まっているわけではない。健太は有機農業をもう少し手広くやりたいと思っているが、父親の反対にあい悠人の手伝いをするに留まっている。農園の主は父であり、その権力は絶対だ。改革派の健太は保守的な父の経営方針に異論を持っているが、いつまで経っても子供扱いされ意見を聞いて貰えない。


 「ままならないこと、一杯あるな。」

 「ああ、そうだな。」


 錬は少しだけ口角を持ち上げ、ビールを煽る。

 「……当別に、帰りたいな。」

 微かな声でそう呟いた。

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