今のままで
「変な奴らだけど、ま、いいかな。」
比較的上機嫌なのえるの声を、陽汰はミニクーパーの後部座席で聞いていた。前髪を下ろし、膝を抱えて蹲っている。
「ね、陽汰はどう思う?」
運転中ののえるにメッセージアプリを使うわけにも行かない。
「そ、だね。」
しかたなく陽汰はぼそりと返した。
ちょっと、放っておいて欲しい。全身でそう伝えているつもりなのだが。
自分の思っていることを言葉に変換して伝えることが出来なくて、困っていた。それなのに、表情にダダ漏れだったなんて。恥ずかしくて仕方がないし、これからどんな顔を表に出せば良いのか、分からない。
ミニクーパーが減速し、信号待ちのために停車する。陽汰の身体が軽く前に倒れたが、停車したと同時に元の位置に戻った。のえるがくすりと笑ったのが微かに聞こえた。前髪の隙間から覗くと、ルームミラー越しにのえると目が合う。のえるは柔らかく目を細めて陽汰を見つめていた。陽汰は思わずもう一度目を伏せる。
「陽汰は、今のままで良いよ。」
のえるが言う。
今のままって、なんだよ。
言いたいことも言えなくて、良いって事なのか?
言葉も上手く操れないのに、百面相みたいに顔芸で気持ちを伝えることが出来るから、それでいいって事なのか?
そう言いたいけれど、喉の奥が張り付いて言葉が出てこない。
喧嘩したいわけじゃないから、良いんだけど。
「私は、今のままの陽汰も好きだし、これから変わろうとする陽汰も好きだし、変わった後の陽汰も、きっと好き。」
まるで鼻歌を歌うようにのえるが言う。言葉の意味を飲み込めなくて、思わず顔を上げる。のえるの耳が、少し赤い。
「なんてこと、頻繁に言う女じゃないから、よく覚えておいてね。」
乱暴な言い方でそう言って、ミニクーパーを急発進させる。陽汰の身体が、シートの背もたれに押さえつけられる。
どうしよう。なんて答えよう。
何か言わなきゃ。……何か言わなきゃいけないところだ、ここは。
「明日から、練習いっぱいしてライブ出来るくらいまで早くレベル上げないとねっ。」
のえるはそう言って、鼻歌を歌い出した。
ちょっとまって、話変えないで。
陽汰は焦る。
のえるはウインカーを出したが、信号に捉まってまた停車した。チカチカとウインカーが一定のリズムを刻む。
陽汰はそのリズムに合わせて身体を揺すった。強ばっていたからだが少しずつ解れていく。心の動きに合わせて言葉を紡ぐことは出来ないけれど、リズムって言う物に助けて貰ったら少しだけ美味く出来る。これは最近習得した技だ。
息を吸い込む。
「一生、忘れないさ。」
のえるの鼻歌が止まった。
信号が変わり、ミニクーパーが走り出す。しばらくして、のえるは急に笑い出した。
「うん。」
そして、嬉しそうに頷いた。
のえるの頭の中で、会話がやっと繋がったみたいだ。
ミニクーパーが石狩川を渡っていく。水面が夕日を受けてキラキラ光っている。
「今日のことは、一生忘れない。」
夕日を見ながら、この言葉はするりと陽汰の口から飛び出していった。
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