京都の家具工房
片倉に相談すると、知り合いの家具工房を紹介してくれた。京都にも何軒か手作り家具の工房がある。しかし、大抵は取り扱う木材が決まっており、こちらが指定した木材を使ってくれる所は見つからなかったのだ。
その工房は宇治にあった。メールで詳細を伝えて一度お伺いしたいと伝えたが、メールのやり取りで充分事が足りると素っ気ない返事が返ってきた。そんなものなのかと落胆してしまう。だが、自分が知る家具工房が丁寧すぎるのだと思い直した。
希望するサイズと木材で家具を作って貰えるのだが、デザインは数種ある中から選んで欲しいと画像が送られてきた。これもカルチャーショックだった。
「家具工房って、必ずしもフルオーダーメイドって訳じゃ無いんだ。」
思わず呟く。
「当たり前やろ。」
向かいの席で片倉がぼそりと言葉を返した。
「何パターンかのデザインから好きなん選んで、何種類かの木材から好みなんを選んで作って貰うのが主流や。それだけで充分オリジナルやろ。今回サイズ変えて貰うとか、こっちが用意した木材で作って貰うとか、かなり我が儘聞いて貰えてるんやで。感謝せなあかんわ。お前はほんまに謙虚さが足らんな。そんなんやったら相手を怒らせるで。その家具工房知り合いやねんから変な対応せんといてくれよ。くれぐれも俺の顔に泥を塗るなよ。」
いつもの事ながらネチネチ一言二言多い返答にムッとする。
「その程度のオーダーなら、個人で工房構える必要あるのかなって、思っちゃったんですよ。」
ふん、と片倉は鼻を鳴らした。
「通常の手作り家具工房のやり方や。完全フルオーダーメイドいうても、どうせある程度作る家具の形は決まってるんやろ。」
「そんなことないですよ。お客さんと膝をつき合わせてライフスタイルを聞き取って、生活のニーズを熟知すればその方だけの家具が見えてくるはずなんです。そこまでするから、個人の工房としての価値があるんじゃ無いですかね!」
「儲からん商売やな。そこまで話聞かんでも、自分のために作ってくれた言うだけで大抵満足するもんや。」
「そんなんじゃ、お客さんは幸せにはなれませんよっ!」
叩き付けるような言葉を吐いて、ハッと我に返る。
誰の弁護をしているのだ?
顔を上げると、片倉が人差し指で眼鏡を押し上げていた。その奥で、意味深な視線が光る。美葉は気まずくなり、ふん、と鼻を鳴らしてパソコン画面に目を落とした。
「心は、人の大黒柱や。」
ボソボソとした声が聞こえる。
「大黒柱は動かすことは出来へんし、無下に扱うと建物が崩れる。」
ハッと顔を上げる。片倉の顔はパソコンの画面に隠れて見えない。しかしチラリと覗く耳が真っ赤に染まっている。
「建築に携わる人間のくせに大黒柱の大切さを知らんとは無知なだからお前はあほなんや大黒柱言うんは神社建築の真の御柱と同じ価値があるんやそれを無下にしようとは何と恐れ多い……」
照れ隠しなのかボソボソとした声で大黒柱を知らないとディスり始める。いや、大黒柱に関しては熟知しているし無下にした覚えも無い。
『心は、人の大黒柱や。』
尚続く嫌味を聞き流しながら、先ほどの言葉を反芻する。
『大黒柱は動かすことは出来へんし、無下に扱うと建物が崩れる。』
美葉は視線をキーボードに移した。ざわざわとした心を反映するように、指先が震えている。
『恋愛は、頭でするんじゃない。もっと原始的なものさ。好きになる人は、初対面の時から分かるんだよ。……美葉がそのフィアンセのことを心から愛する日は、来ないと思うよ。』
李の言葉を思い出してしまう。違う。あれは自分を口説くために並べた言葉だ。あの日李に言われた言葉は全て「自分の気を引くために並べた言葉」とレッテルを貼り、忘れ去ろうとした。けれど、インパクトの強さも相まって、時折鮮烈に思い出してしまう。
『美葉が自分の心に嘘をついているからだよ。』
無理に正人を忘れるのは、心に嘘をつくことになるのだろうか。
指先の震えが止まらない。美葉は握りこぶしを硬く握り、鎖骨に押し当てる。パソコンの画面に視線を固定するけれど、意味の無い記号の羅列のように、頭に何も入ってこない。
「お茶、買ってきます。」
諦めて立ち上がり、逃げるようにオフィスの外へ身を翻す。
クーラーで冷えたカフェから一歩外に出ると、太陽が熱波を送りつけてきた。思わず腕で日光を遮る。
石垣の傍でサルスベリが濃い影を作っていた。
「あなたを信じる。」
ふと、いつか誰かから聞いた花言葉が口を突いた。その言葉で浮んだのは、涼真の顔だった。二度と不義はしないと誓い、頭を下げた後の顔。
信じることが出来ない。彼は必ず嘘をつく。どうしても、そう思ってしまう。だから、信じ切ることが出来ない。
「心は、人の大黒柱。」
片倉の言葉を繰り返す。
その心の在処を見失いそうで、怖かった。
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